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借りていた服を友達に返して、家へと急ぐ。 「ただいまー…」 いつもの癖で声をかけながらリビングの扉を開きかけて、立ち止まった。 「…あ、お帰りなさい」 柔らかい声に出迎えられて、一瞬戸惑う。 一人暮らしを始めてから『お帰り』と言われたのは初めてかもしれない。 「三井さん…?」 「ええと…普段はミウだけだから、ちょっとびっくりして」 少し、いや…かなり嬉しかった。しかもそれが自分の好いている相手ならなおのこと。 「…今何か煎れるよ。ココアで良い?」 じわじわと心が浸る幸せを悟られないように、キッチンで背を向ける。 (……友達、って。中々難しい…) ため息を飲み込むと、彼の声が。 「この前…話してくれましたよね、翔さんのこと。俺と似た女の子が好きだったって」 「……うん」 「俺が拘束されてた時…彼、こうも言ってたんです」 出来上がったココアを目の前に置いても、俯いたまま微動だにしない楓くん。 明らかに様子がおかしいと分かっていながら、その先は読めない。 続きを聞くのが怖い、と。 逃げ出したくなる俺の気持ちと裏腹に、上がった視線に捉えられる。 「…三井さんと、好みのタイプが同じで。俺の…顔、が……好き、とか」 一拍置いて、全てを理解した。見つめる先の瞳が揺らぐ。 「…やっぱり、翔さんと一緒なんですね」 「そ、れは…」 誤解だと。どうしても言えなかった。 翔と何処が違うのか聞かれても、きっと俺は答えられない。 「……お邪魔しました」 扉の閉まる音と、ミウの鳴き声が重なる。 たとえ友達であったとしても。 傍に居れば結局、彼を傷付けることしかできないのか。

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