191 / 330

191.

「……芹生くんは?」 「さっき帰ったわ」 そう、と頷く俺を一瞥して再び腰を下ろした―――瑠依。 「…この部屋、やっぱり同じ匂いね」 静かに目を閉じる、その呟きには返事を返さない。代わりに空気へ溶けたのは、ずっとしまい込んでいた疑問。 「どうして――…黙って消えたんだ」 これだけの時が経っても苦しく響いた弾劾に、ため息を乗せる。 「…あの頃の私と居ても、あなたは幸せになれない」 どこかで聞いたようなセリフ。思わず彼女を凝視してしまう。視線を受け止めて淡く微笑む、薄い唇。 「ねぇ……好きよ、晄」 ひそりと忍び込む好意はどこまでも甘美を纏って。遠い昔が思い出される。 自分と同じ香りを漂わせる、この人は。 「…じゃあ、なんで……!」 唯一、結婚まで考えていた相手。それなのに。 「仕事先のホームページ、見たわ。私と同じ名前なのね――…『ルイ』さん?」 含みのある言葉と、見透かすような瞳。逃れるように視界を覆ったところで、浮かぶのは空っぽになった香水のビン。 「…まだ、あの香水…使ってるってことは」 ―――期待しても良いのかしら。 楽しそうに弾む声。扉の閉まる音。 いっそ、消えてしまいたいと、思った。

ともだちにシェアしよう!