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207.
振り返ると、落ちた箱を拾う彼が目に入った。次いで上げられた顔を見た瞬間、背筋が冷えるような感覚。
「…すみません、このあたりでお暇しますね」
「あら、もう帰っちゃうの?」
その瞳で。表情で。言葉よりも雄弁に語る彼からは考えられないほど。
(……人形)
酔っ払ったリンさんと並んで歩く俺を前にして、瞳に宿ったのは『怒り』。翔と何処が違うのか聞かれて答えられなかった時は『悲しみ』。
それなのに。
「じゃあ玄関まで送るわね。……晄?」
隣の瑠依が不思議そうに首を傾げる。つられて腰を浮かせた俺を眺めて、薄く笑う芹生くん。
「…お邪魔しました」
機械的に曲げられた唇の両端、細まる双眸。それとは裏腹に、妙な響きの残る挨拶。
ひやりとした得体の知れない物が心を覆い、まるで地に足が縫い止められたような錯覚を起こす。
「そういえば、その箱は…?」
「…バレンタインなので、お菓子を作ってきたんですけど。さっき落としてしまったので持って帰ろうと思います」
「ええ、もったいない…気にしなくて良いのに」
「いえ…多分崩れてますから」
苦笑する彼と、後を追う瑠依が玄関へと遠ざかって。ソファーに再び身を沈めた。
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