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209.

エレベーター前。階を知らせるランプが下りて、ちらりと横の階段に目をやる。 普段ならば絶対に使わない。が、今はそうも言っていられない。迷わず踊り場に飛び込んだ。 「…芹生くん!」 今まさにエントランスを出ようとしている後ろ姿を捉えた。ゆっくり振り向いた彼は軽く頭を下げて。 「どうかしました?あれ、忘れ物したかな…」 鞄の中を確認する仕草に首を振る。久しぶりに全力疾走したせいか、呼吸もままならない。 弾む息を抑えながら、口を開いた。 「ごめん……そうじゃ、なくて」 言ってしまってから、はたと気付く。呼び止めたは良いものの、どう話そうか考えずにここまで来てしまった。 泳がせた目が、彼の持つ箱に止まる。 「……それ」 「はい?」 指差す先を見て頷く表情は、相変わらず人形のようで。喉の奥で絡まる言葉を何とか形にした。 「…フォンダンショコラ」 「え…」 『だと思っても、良いかな』 続くはずの文章は声にならなかった。みるみるうちに剥がれ落ちた、人形の仮面。その下から現れたのは。 (…ああ、やっぱり) 俺の一番好きな『喜び』。再び垣間見えた感情を愛おしいと感じることに理由は要らなかった。

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