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210.
右手の箱を示されて、首を傾げる。
わざわざこんな場所まで追いかけてきて、今さら何だと言うのだろうか。
「…フォンダンショコラ」
大事そうに紡がれた言葉。
と、同時にあの笑顔が蘇る。
少し苦しくて切ない、甘やかな思い出。
例えただの気まぐれだとしても。
(…やっぱり、嬉しい)
解けた感情が溢れないように唇を噛み締めた。ややあって、そろりとルイさんを窺う。
(え、っ…)
まるで心を見透かすかの如く深い瞳。久しぶりに正面から受け止めたような気がする。
考えていることが伝わっているような心地になって、視線を泳がせた。
「……これ、俺にくれないかな」
流れるような所作で手を取られ、箱が揺れる。つられて見上げると、俺の好きな表情を浮かべるルイさんが居た。
懐かしいその視線に熱くなる目頭。
「あ…瑠依には食べさせないよ」
俺から反応のないことに僅かな焦りを見せる彼が、こんなにも愛おしい。すんでのところで嗚咽を堪えて頷く。
「ありがとう」
ほっとしたように口元を緩めて箱を抱える姿は、さながら子供で。
また連絡するね、と。
戻って行く背中を見送った。
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