210 / 330

210.

右手の箱を示されて、首を傾げる。 わざわざこんな場所まで追いかけてきて、今さら何だと言うのだろうか。 「…フォンダンショコラ」 大事そうに紡がれた言葉。 と、同時にあの笑顔が蘇る。 少し苦しくて切ない、甘やかな思い出。 例えただの気まぐれだとしても。 (…やっぱり、嬉しい) 解けた感情が溢れないように唇を噛み締めた。ややあって、そろりとルイさんを窺う。 (え、っ…) まるで心を見透かすかの如く深い瞳。久しぶりに正面から受け止めたような気がする。 考えていることが伝わっているような心地になって、視線を泳がせた。 「……これ、俺にくれないかな」 流れるような所作で手を取られ、箱が揺れる。つられて見上げると、俺の好きな表情を浮かべるルイさんが居た。 懐かしいその視線に熱くなる目頭。 「あ…瑠依には食べさせないよ」 俺から反応のないことに僅かな焦りを見せる彼が、こんなにも愛おしい。すんでのところで嗚咽を堪えて頷く。 「ありがとう」 ほっとしたように口元を緩めて箱を抱える姿は、さながら子供で。 また連絡するね、と。 戻って行く背中を見送った。

ともだちにシェアしよう!