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「おはよ、芹生くん」 にこやかに手を振るハルさん。雰囲気が少し変わったような気がして、目を瞬かせた。 「俺が店決めちゃったけど、平気?」 「大丈夫です。むしろすみません…」 「いーのいーの、頼ってくれて嬉しいから」 くしゃりと頭を撫でられて、身近にこんな人が居てくれて良かったと口元を綻ばせつつ後に着いて行った。 「…なるほどなぁ」 事のあらましを話して、ひと息つく。ジョッキを片手に考え込む目の前の彼。 「佐々木さんには俺も何回か会ったことある。なんていうか、まあ…幸せな結婚が出来る女性かな」 思わず呼吸を詰めそうになる俺に気付いたのか、慌てて手を振った。 「でも、多分……これは俺の勘だけど、ルイはきっと戻ってくるよ」 再会した2人を見ていないから、なんとも言えないと付け足してビールを煽る。緩慢な動作で頷く俺を見ながら彼は首を傾げた。 「…芹生くんは、どうしたい?」 「俺、は……」 こう聞かれることを予想していなかったわけじゃない。相談しておいて申し訳なさが先に立つけれど、まだ気持ちがまとまっていなかった。 「…待ってても、良いんでしょうか」 例によって、彼の―――ルイさんの、気まぐれだったら。悪意のないそれに何度地獄を見せられたことか。 今度こそ離れるべきなのかもしれないと、薄々感じていた。 「知り合ったことで、色々な経験をさせてもらいましたし…楽しいこともあったから、完全にそうとは言えませんけど。でも…時々、考えるんです」 もし、出会っていなかったら。 俺があのコンビニでバイトをしていなかったら。 歌舞伎町に足を踏み入れていなかったら。 もっと違った未来が。 「ルイさんと、―――っ!?」 俯きがちだった俺の口をそっと押さえたのは、ハルさん以外に居なくて。 「……それは、言うなよ」 厳しい言葉の中には真摯な響き。はっと顔を上げれば存外にも優しい瞳の彼が、困ったように笑っていた。 「すごく悲しむと思う。……勝手な奴だよな」 本当に、勝手だ。 散々振り回しておいて、こんな――― 滲む視界が悔しくて、唇を噛み締めた。

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