「晄から呼び出すなんて珍しいじゃない、どうしたの？」 目の前に座った瑠依。おしぼり片手に首を傾げている。 「……ちょっと、話があって」 予想以上に硬い声音が出てしまったことに自分でも驚く。一瞬固まった彼女は、何かを振り払うように笑顔を浮かべた。 「…そろそろ結婚しろってお母様に言われたとか？」 努めて明るい声を出そうとしているのが伝わって、少し胸が痛む。 でも、きっと彼はもっと傷ついた。 閉じた瞼の裏に浮かぶ艶やかな黒髪を思い出す。 痛みから逃げないようにと、しっかり見据えて―――… 「別れてほしい」 ただ店内の音楽だけが響く。やがてくしゃりと顔を歪めた彼女は、手にしたそれを振りかぶった。 微動だにしない俺を見て、ゆっくり下げられた腕。力なく垂れるその手から、落ちる白い布。 「…芹生くんとは、結婚できないわよ」 俯く彼女の表情は見えない。そして、こう出ることも予想していた。言外に家族の事をちらつかせる、もはや脅迫めいた響き。 「うん。ちゃんと話してきた」 「……え」 ばっと上がる、その顔は驚愕に彩られていた。飲み物で口内を潤して、数日前の帰省での会話を脳内で手繰り寄せる。