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実家に戻った翌日。 「…それで、話って?」 隣に座る父親を見やり、切り出したのは母親。 「母さん、瑠依と電話しただろ?佐々木瑠依」 「長く続いた子でしょう?また付き合い出したって聞いたけど…」 「…あの人とは、結婚しない」 しん、と静まり返る室内。気付けば口内はカラカラに乾いていた。 「他に、決めた相手が居るのか?」 ゆっくり問うのは父親。自分と似た深い瞳で捕えられ、まるで全て見透かされているような気分。 「…居る。だけど、その人とも結婚はしない―――いや、出来ないんだ」 「不倫か?」 本気で眉を潜める隣の兄に首を振った。 瑠依と別れるだの結婚しないだの。そこまでの話をすることに比べれば、これから言おうとしている事実の方がよほど重く、緊張する。 「その人は……男、だから」 ヒュッと息を飲んだのは、母親か。気付けば視線は下がり、3人がどんな表情をしているのか知る(すべ)もない。 「え…何、お前……え…」 狼狽える兄も言葉が続かない様子で。申し訳なく思いながら、ぎゅっと目を瞑る。 「…顔を上げなさい、晄」 どこまでも静かに響く声音。 さして変わった所のない父親と、様々な感情が綯い交ぜになったような母親。 「…なんとなく、分かってたわ」 笑う母親が少し疲れたように見えて、もう若くないことを感じる。自覚した瞬間、ますます痛む心。

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