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カートを押す楓くんの背中を眺めながら、始終頬が緩んでいることは自覚していた。 恋は盲目、とはこのことだろうか。今まですれ違った分も幸せにしてあげたいと、思う。 「ただいま」 「お邪魔します…」 リビングの扉を開けると、珍しく駆け寄ってくるミウ。背後の楓くん目掛けて俺をすり抜ける姿に苦笑い。 「じゃあ台所お借りしますね」 「うん、よろしく」 ビニール袋が立てる音を聞きながら、ポストに届いた手紙を開封していく。大体が企業のダイレクトメールかと思いきや。 (……え、) 見慣れた流麗な筆跡が記す送り名は。急いで封を開けて、ざっと目を通した。 読み終えてから気付く、もう1枚の糊付けされた便箋。『芹生くんへ』とだけ書かれたそれを前にしばし考える。 送り主を信じることにして、便箋片手にキッチンへ入った。 「…楓くん、これ」 「はい?」 手を拭きながらこちらを振り向く彼に紙片を差し出す。小首を傾げて受け取り、裏を返したその表情が固まる。 「……佐々木さん、から?」 「中は見てないから…何か分からない。読まなくても、良いけど」 しばしの逡巡の後、意を決したように紡がれるのは。 「…ペーパーナイフ、ありますか」 それが答えだった。 望みの物を渡して、ソファーに戻る。今更もう傷付けるようなことはないとしても、天然な彼女だ。万が一もある。 どこか浮ついた気持ちのまま、それとなくキッチンの様子を窺っていると。ややあって作業を再開させた音がする。 (何もなかった、のか…?) 彼のことだ。無理に溜め込んだりしていないか気になりつつ、聞けない自分に嘆息した。

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