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「え………今、何て…」 呟く自分の声があまりにも呆然としていることに構っている余裕はなかった。眉を下げたハルは同じことを繰り返す。 「んー、だから。打ちどころが悪かったらしくてさ」 「じゃなくて…その、あと」 「…短大以降の記憶が全くねえんだわ」 頭を掻く彼の背後に広がる白。 それきり静まり返る室内。 「体は元気なのに個室とか大袈裟だっての」 困ったように笑う、その瞳が見られなくて。 アパートの階段から落ちたと聞いた。念のため大家さんに頼んで防犯カメラの映像を見せてもらったところ、本当に1人で足を滑らせていることが確認できたらしく。 「俺そんな酔ってたのかな…」 首を捻る本人が理由を覚えていないのでは、こちらとしても知る術がない。返事をため息に代えて視線を合わせる。 「じゃあ、楓くんと細田くんも……」 「…どちら様?」 苦笑する彼にひらりと手を振って、思い出すのは背の高い細田くんの方。俺の誕生日に家で集まった、少なくともあの時。彼らに何かがあったのは事実だろうから。 彼に記憶喪失の現状を伝えるべきか否か迷っていた、その時。響くノックの音。 「…あ、弘人」 「調子どう?」 入ってきた人の顔を見て、思わず腰を浮かせるところだった。相手も動きを止める。 「……あれ、貴方は…」 「三井です。…その節はどうも」 棘のある言い方になってしまうのは許してほしい。ベッドのハルが驚いたようにこちらを向くのが分かったが、取り成している余裕は無かった。 感情をあまり表に出さないと良く言われる俺がどれだけ狼狽えたことか。今だって声音に滲み出る嫌悪感を隠しきれないでいる。 深呼吸して大人の顔を作り、改めて相手を観察すると。 (……へえ) 紹介された当初、つまり――彼らが付き合いだした頃よりは顔つきも雰囲気もがらっと変わっていた。 そう、4年前。ハルの誕生日に酷い裏切りをした挙句、自殺未遂にまで追い込んだ張本人。 「…高田、弘人(たかだ ひろと)」 確かめるようにその名を紡げば穏やかに返されて。 「少し、話せませんか」 ちらりと時計を見やって立ち上がる。 「ロビーで」 簡潔に告げながら、また来るよとハルに声を掛けた。

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