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243.
家に来るという楓くん。
あれ以来会っていない彼を、どんな顔で迎えれば良いのか。
「…お久しぶりです」
別れ話かとため息を吐いて俯く。もうなりふり構っていられる余裕もない。
震える彼の様子に気付くことも出来ず。
「色々、あったんですけど…ちゃんと話しておいでって、雅さんに言われて」
「…淕?」
こくりと頷く彼は、どこまで人を不安にさせれば気が済むのだろう。
(……まあ、俺も同じか)
この職業に就いている自分が言えた義理はない。それに―――
きっと、もうすぐ関係は消えてしまうのだから。
「相談、乗ってもらったんだ」
「…はい」
淡く微笑む彼を見て、どうしてもイライラする自分を止められなかった。大人気無いとは分かっていても。
「俺が大学入ったばっかりの時に部長だった人と、新歓飲みで久しぶりに会ったんです。俺……その、飲みすぎちゃって。酔ってる時の記憶が無いんですけど…」
嫌な予感がする。増えた眉間の皺。
「あの……朝、ええと、…ホテル……に、居て。でもっ…そんなことする人じゃないんです…多分……」
庇う姿勢を見た瞬間、思わず立ち上がっていた。衝動に任せて彼の手首を掴むとそのまま寝室へ向かう。
戸惑い振り切ろうとする抵抗を感じて、舌打ちをひとつ。
今考えても本当にどうかしていた。
ただただ、何とも言えない虚しさを感じていた俺は―――
飲みすぎた理由も、なぜ淕に相談したのかも。
聞こうとはしなかったから。
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