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何も手につかない、とはこのことだろうか。我ながら弱すぎると自嘲して、ゆっくり体を起こした。
楓くんに別れを告げられてから数日。たまたま休みを申請していた過去の自分を褒めながら、何をするでもなくただぼんやりと日々を消化して。
冷凍庫を漁っていた、その時。机上で着信を告げたスマホ。個別に設定してあるそれは、数少ない友達からと知らせていた。
「…はい」
『もしもし、?』
「どうしたのハル」
『あの…俺さ、記憶戻って…』
じわりと浸透するその言葉に、感じたのは心からの歓喜。
「良かった…!本当に、良かった…」
『色々迷惑かけてごめんな』
「ううん、迷惑なんかじゃない」
そうかと笑ったハル。ややあって、
『…迷惑ついでにさ、そっち行っても良い?』
「今から?良いよ、休みだし」
電話を終わらせてから1時間後。現れた彼は些か疲れた表情を浮かべていて。
「…久しぶり。つうかお前なんって顔してんだ」
「そっちこそ」
開口一番の苦笑いと、玄関の扉が閉まる音。リビングに通すなりミウの元へ向かったハルは。
「……なんか元気無くねえ?」
「どっちが?」
この場合の主語は自分か、それともミウか。コーヒーを煎れながら短く問う。
「…両方」
ソファーに腰掛けながら、ため息と共に吐き出された答え。出来上がった飲み物を注ぎつつちらりと視線を送る。
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