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「ハルさん…!」 彼が記憶を無くしていたのは1ヶ月のはずなのに、ずいぶんと懐かしく感じる後ろ姿を見つけた、いつものカフェ。 「久しぶり~色々ごめんな?」 感極まって震える声に、優しく微笑むハルさん。その柔らかい表情が今の心にとても染みて、思わず涙ぐんでしまいそうになる。 「何も出来なくて……すみません…」 三井さんや細田がどのくらい動いて居たかは分からないけれど、自分はどうすることも出来なくて。こうして直接謝る機会が巡ってきて、本当に良かったと思った。 「芹生くんが気に病むことねえよ、迷惑掛けんのはルイだけで充分だ」 どうしてもまだ、その名前には反応を示してしまう。 頭を撫でていたハルさんも、揺れる体を感じ取ったのか問うような眼差しを向けてきた。 「…何があったか、聞いても良いか?」 窓の外で音もなく濡れるアスファルトを見つめながら、重い口を開く。 聞き終わった彼は、ほうとため息をついて。小さくなった氷をミルクティーの底へ押し込んだ。 「なんつーか…つくづく大変だな、お前ら」 「え…?」 「……それで。信じられなくなって別れを告げた、と」 疑問には答えが返ってこないまま、どこか鋭い光を湛えた瞳を向けられて。ごくりと唾を飲んで頷く。 「芹生くんが別れたいと思ったなら俺は何も言わない。でもな、仮にも関係を持った相手に対してその終わり方はどうかと思うぜ?一方的に突きつけるんじゃなくて、ちゃんと話し合うべきだ」 「です、よね…」 自分でも分かっていた。直接彼と顔を合わせて話せるかと言われれば、たぶん無理だろう。例え話せたとしても、きっと良いように丸め込まれてしまうと思って。 (…だって、まだ。好き…だから) 結局、メールに逃げた。 唇を噛む俺の額を指弾して、ふと笑ったハルさん。この人はどこまでも大人だ。 「今度、一緒に行こう。ルイの家」 「え…でも……」 俺のせいで時間を取らせてしまうのは申し訳ない、と。言外に滲み出ていたのか。 「ちょっとミウちゃんに用事があるんだわ」 「ミウちゃん…ですか?」 「ん。元気無いのが気になってな」 遠い目をするハルさんに頭を下げて、残りのアイスティーを流し込んだ。

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