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見えない、から。素直に言えることもあると思う。
どうやら真意はきちんと伝わったらしく、胸に広がる安堵。
ただ黙って抱きしめてくれた楓くん。繊細で美しいひと。綺麗だなんて陳腐な言葉では全てを表せない。
「…あ、でも三井さんが浮気したら別れますからね?」
一転していたずらっぽく告げられた、可愛らしい布告。有り得ない内容に、思わず笑ってしまいそうになりながら膝を指し示した。
「楓くん、ここ」
「えっ…」
「乗って」
ぽんぽんと叩きながら催促すれば、やがてギシリとスプリングが鳴る。細い腰を辿って腕、肩、そして顔へ。
「…俺がどれだけ君に骨抜きか、知らないでしょう?」
柔らかな唇を親指で撫ぜて微笑む。本当は全身を以て伝えてあげたい所だけれど、今は難しそうだ。
一抹の寂しさを感じながら離そうとした手のひら。
ところが。
「み、三井さんだけだと思わないでください……」
するりと遠慮がちに絡められた指は細く、触れ合った肌は熱い。拗ねたような口調の彼。
「…俺だって、負けないぐらい……か、それ以上に…好きです、もん」
きゅっと握られる温度が上昇して、内心で舌を巻いた。どうやら思っていたよりも強敵らしい。
(全くもう……)
こんな状況で煽ってどうするつもりなのか。手探りで包んだ頬を引き寄せて、噛み付くようにキスをした。一瞬びくりと強ばった身体。
デコボコした上顎を舐めてやれば簡単に力が抜ける。くたりともたれ掛かってきた上体を支えて、逃げようと引っ込む舌を追いながら。
絡めて吸って、軽く愛撫すると腰砕けになったのか本格的に震え出す。
あまり苛めても怒られそうだと口を離す間際、仕上げに響いたリップ音。
「は、っ……も、くるし……」
「ふふ、ごめんね」
案の定非難めいた声音で詰られ、形だけの謝罪を送る。
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