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リビングへ戻ると、ぼんやり虚空を眺める三井さんの姿。眺める、という表現が当てはまるか複雑な部分ではあるけれど。
ミウちゃんも居ない、テレビもスマホも役に立たない。そんな状況下で彼が何を思うのか。考えただけで締め付けられる胸が鈍く痛む。
戻ってみたは良いものの。いざ顔を合わせると、どんな言葉も意味をなさないような気がする。
逸る気持ちを持て余しながら近寄って、隣に腰を下ろした。伝わる振動でこちらへ向けられた双眸。瞬いたそれに映る自分は、きっと見えていない。
不意に泣きそうになって、一度唇を噛んだ。
「…乾かしてください」
手のひらにドライヤーを押し付ける。勢いのまま、膝へ乗り上げれば背後の彼がふと笑う気配。
ややあって響く音と柔らかい感触に目を細めた。差し込まれる指先が、耳裏を擽って頭頂へ逃げる。どこまでも優しい手つきに瞼が重くなったところで、温風に乗って届く言葉。
「…髪、短くなったね」
「あ……」
そこそこに伸びていた髪をバッサリ切ったのはつい先日。あの朝、盛大な勘違いをしてから。
どうやら三井さんは俺の髪がお気に入りのようで。ことある事に触れてきては緩む口元を目撃していた。ホワイトデーに贈ってくれたヘアートリートメントを思い出して、申し訳ないことをしたと眉を下げる。
「また…伸ばします」
そう、と呟くように応えたのと同時に風の音が止む。乾いた髪を触ろうとして、後ろから抱きすくめられる。思わず固まった俺の腰にするりと回った両腕。
「……ねえ、伝わった?」
背中を通して耳に届く、くぐもった声。少し迷って、そっと腕に触れる。彼が何を言わんとしているのか。間違えずに答えたい。
「ちゃんと…受け取りました、から」
大丈夫です、と続けて。安堵のため息を聞いた。繰り返される謝罪を止めたい一心で向き直る。宥めるつもりで触れた頬は温かく、すり寄る様はまるで猫。
「楓くんのことになると、駄目なんだ…。本当に情けない、ね」
弱々しく落とされた本音。俺よりもずっと歳上で、素敵な三井さんが。時折こんな風に見せてくれる一面が堪らなく愛おしい。
「それだけ俺が好きなんでしょう?」
見えない状況を盾に、思い切って距離を縮める。撫でた唇から漏れる、甘やかな吐息。空気に溶けたそれが淡い微笑みに変わるのを見届けて。
「…言うようになったね、君も」
解ける目元。口付けた先の沈むような感覚に身を委ねた。
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