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教えて貰った住所を頼りに探し出した家は、閑静な住宅街にある一軒家だった。芹生と書かれた表札を暫く眺めて、チャイムを押す。
ややあってガチャリと開いた扉から現れた楓くんは、やはり体調が悪そうなものの、立っていられない程ではなく。
後について廊下を進み、踏み入れた彼の自室。ふわりと香る匂いに頬を緩めつつ、再び体を横たえる手伝いをして。
「取りあえず台所借りるね。あとこれ、冷えピタ」
袋から出した冷却シートを見た楓くんは、自らの両手で前髪を上げる。その仕草と僅かに眠そうな表情を見て、思わず吹き出した。
「…ふふ、貼ってあげる」
本当は自分で貼ってもらおうと渡すつもりだったのに、この子は。何とも言えずくすぐったい気持ちを抱えながら、冷たさに目を細める彼を撫でた。
「お待たせ、食べられそう?」
負担にならないように、定番のお粥と薬。そして―――
「……あ、」
「これで良かった?」
目当てのものを見つけて輝く瞳が釘付けなのは、プリン。電話口で伝えられたは良いものの、数種類にも及ぶそれらを前に悩むこと暫く。いつだったか彼がひとつ選ぶ光景がふと脳裏を過って。
「ありがとうございます」
はにかむ楓くんに心温まる思いで、盆を差し出す。お粥から立ち上る湯気と俺を交互に見やった後、蓮華を手に取る彼。片付けをしてくる、と腰を浮かせたその時。
「…楓くん?」
ぐ、と引かれる感覚は腰のあたりから。視線を泳がせてから、すっと差し出された蓮華。朱を落とし込んだように頬が染まって。
「……食べさせて、ください」
一瞬、ちらりと部屋の扉に向く双眸を見逃さなかった。だらしなく開いた口元を結び直し、ベッドに腰掛ける。
「居て欲しかったんだ?」
「……!」
さらりと髪に触れれば、濃くなる朱色。膝上に置かれた器から上る湯気が落ち着いたのを確認してから蓮華を取った。
「はい、あーん」
少し躊躇って、それでも素直に開いた小さな口に蓮華を滑り込ませる。何度か繰り返していれば、容器は空に。そういえば自分から食べさせることは無かったとぼんやり考えて。
「じゃあ…お待ちかねのプリンです」
子供扱いされることへの不満が半分、隠しきれない喜びが半分。窺えた感情をまとめてしまえば、可愛いのひとことに尽きる。
黙々と食べ進めるその目元は柔らかくとろけていた。
「薬も飲んだし、良く寝ればきっと治るよ」
肩まで布団をかけてやりながら微笑む。微かに頷いた楓くんが睡眠を欲しているのは明らかで。半分閉じた漆黒の瞳に宿る寂しさを汲み取って、床に座る。
「…みつい、さん」
「眠るまで……いや。寝た後も、居るから」
大丈夫、と絡めた指を撫でる。人肌恋しいのか繋いだ手のひらを頬に寄せ、安心しきったように閉ざされる瞼。
規則正しい寝息が耳に届くようになってから、指先で唇をつついて。ふにふにとした好みの弾力を楽しむ。
「……はやく、治して」
辿る指がいつもより熱い。眉を下げて、笑った。
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