281 / 330
281.
7月下旬。じりじりと焼け付くような暑さの中、いつものように迎え入れたのは楓くん。
「先日はありがとうございました」
丁寧に頭を下げられ、笑って首を振る。手土産だと渡された箱を台に置いてソファーへ手招く。近寄る彼を引き寄せれば特に抵抗もなくすんなりと胸中へ収まった。
久しぶりの体躯を堪能しながら、じわりと幸せに浸る。それは腕に抱かれる彼も同じなのだろうか。絡む視線が甘く、引き寄せられるように顔を近づけて。
「…慣れたね」
「え…?っ、……ん、」
触れるか触れないかの位置で止まると、頬は染まるものの以前と比べれば薄づき程度。少し寂しく思いながらも優しく食んだ唇は相変わらずの柔らかさだった。
「……嫌、でしたか?」
見上げる表情はまだ当初のそれに近く、複雑な心境で首を振って。経験値を与えずにこのまま止めてしまいたいような、自分好みの色に染めたいような。半々と言ったところだ。
髪を梳ると嬉しそうに細まる双眸。
「どんな楓くんでも好きだよ」
「良かった…。勿体ないと思って、」
勿体ない、とは。小首を傾げればふわりと宙に浮く視線。微かな切なさを孕むそれに、感じるのは一抹の不安。伏せた長い睫毛が震えて。
「…いつまでこの時間が続くか、分からないのに。戸惑ってばかりじゃ、勿体ないでしょう?」
視線が戻ってくる頃には、もう、普段通りの彼だった。俺が口を開くよりも早く、来客を告げるチャイム。
するりと抜けた細い肢体を繋ぎ止めることもできずに、インターホンの画面に目を向ける。並んだ2人を見つめて、そっと嘆息した。
「よ、ルイ」
「こんにちは」
片手を挙げるハルと、微笑む細田くん。セットで見るのは久しぶりのような気がして瞬けば、何とも意味ありげな笑みを寄越された。
「あ、ハルさん!それに細田も」
ぱたぱたと後ろから駆け寄ってきた楓くんが弾んだ声を出す。頭をひと撫でして玄関を後にした。リビングに着くやいなや広げられる料理の数々。
「…てなわけで、誕生日おめでとう!」
ハルの一声を皮切りに響く乾杯の音。7月11日が誕生日だという細田くんのために、今日集まろうということになっていた。
供された料理もほとんど無くなる頃、何故か始終そわそわしていたハルがちらりと隣の細田くんを見やった。タイミング良くその声なき声を受け止めた彼は薄く笑って。
「ルイさんと芹生に聞いてほしいことがあります」
ともだちにシェアしよう!