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出発当日の午後。照りつける日差しに顔をしかめながら最寄りの駅に向かう。2泊3日の旅と言っても持ち物は小さなボストンバッグ1つだ。 ロータリーに停まる目当ての車を見つけて近寄れば。 「おはよう、楓くん」 「あ…おはようございます」 窓を叩くまでもなくガチャリと開いた扉。 流れ出した冷気と共に微笑む助手席の三井さん。その奥、運転席でひらりと手を振るハルさん。 「すみません、空港まで送ってもらうなんて…」 「助かったね」 相槌を打つ三井さんに頷いて、頭を下げる。当初は電車の予定だったけれど、それを聞いたハルさんが快く運転手を引き受けてくれたのだ。 「いーよ、気にすんなって。狭くてごめんな」 「あれ…楓くん、荷物それだけ?」 苦笑するハルさんに首を振ったところで、三井さんが後ろを向く。膝のバッグを見下ろして肯定すれば何故か会得の行ったように頭を撫でられた。 「いいなあ、旅行か……」 ウィンカーを操作しながらぼそりと独りごちるハルさん。忙しい彼のことだ、なかなかそうも行かないのだろう。 「細田くんと行けば?就活中とはいえ、夏休みでしょう」 隣の三井さんが宥めると、少し黙り込んだ後にむくれて一言。 「……今、インターンらしくて。会えてない」 ああ、と思い当たる。自分は1週間後のインターン。細田は8月上旬からだとぼやいていた。 「録音しておけば良かったなあ」 「は!?…ここで降りるか?」 「ふふ…細田のこと、大好きなんですね。ハルさん」 物珍しそうに呟いた三井さんへ噛み付く、その耳がほんのりと赤い。たまらずこぼした自分の微笑みはきっと優しいものだと思う。 「あーもう、俺のことは良いんだよ!」 「そんなに心配しなくてもちゃんと楽しんで来るから」 ね?とバックミラー越しに視線を投げられて、一瞬まごつく。ただの友達と旅行に行くのとは訳が違う。しかもご家族との対面が控えているとあって。 期待半分、不安半分。 先を汲み取ったセリフに、勢いを削がれたハルさんもつられて笑った。 空港まで、あと少し。

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