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286.
食事は終始和やかなものだった。けれどやはり、ほぼ初対面の人達と過ごすのは肩が凝る。
「お疲れ様」
部屋に入るなり背後から抱きすくめられて。鼻腔をくすぐる甘やかな匂いに、ほうと息をつく。
「お風呂、行こうか」
「……えっ」
一緒に、と付け足した彼を振り仰ぐ。細められた瞳が湛えるのは紛れもなく楽しそうな色。
枕を共にしたことはあれど、今まで風呂は別々だった。
思い切り首を振る。が、抗えない力で顎を固定されてしまえば、端正な顔が近付いて。反射的にぎゅうっと目を閉じる。
「……、?」
ところが、望んだ熱は一向に降ってこない。恐る恐る目を開けると、繊細な睫毛に縁取られた双眸が笑っていた。
「…ね、行こう?」
目の前の確信犯に緩く撫でられた唇が、あつい。
「露天風呂、貸切にしてくれたって」
「…そうですか」
後ろからかかる声に仕方なく相槌を打った。ぶくぶくと口元まで浸かってしまいたいような心持ちのまま、とろりとした真珠色のお湯を楽しむ。
洗い終わったのか、歩いてきた三井さんが隣に体を滑り込ませた。
「夜は冷えるね」
鼻歌でも始めそうな雰囲気の彼は、ついと空を仰いで。つられて見上げると綺麗な三日月だった。
なおも返事をしない俺に焦れたのか、距離を詰めてくる。同じだけ距離が開くように遠ざかって、詰められて…の応酬を何度か繰り返した後。
「…やっぱり拗ねてるでしょう」
「そんなことないです」
「本当に?」
「はい」
「……本当、に?」
「はい」
するすると口から流れ出す嘘に辟易した頃、何の前触れもなく抱え上げられ。脇下に差し入った手はそのまま、向かい合う形で膝上に座る。
「…ご機嫌取りですか?」
苛立ち半分に見下ろす相貌が、ふわりと綻んで。どう返って来るか、と挑むような気持ちは早々に萎んだ。
「拗ねても可愛い」
ひくりと喉が震えた。褒められることにまだ慣れていない俺は置いてきぼりで、橙色の灯りに照らされたシルバーが傾く。
慈しむように頬を滑った指が、距離を近づけるために首裏へ動いて。
冷えた肩とは反対に。
今度こそ重なった唇は、とても温かかった。
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