286 / 330

286.

食事は終始和やかなものだった。けれどやはり、ほぼ初対面の人達と過ごすのは肩が凝る。 「お疲れ様」 部屋に入るなり背後から抱きすくめられて。鼻腔をくすぐる甘やかな匂いに、ほうと息をつく。 「お風呂、行こうか」 「……えっ」 一緒に、と付け足した彼を振り仰ぐ。細められた瞳が湛えるのは紛れもなく楽しそうな色。 枕を共にしたことはあれど、今まで風呂は別々だった。 思い切り首を振る。が、抗えない力で顎を固定されてしまえば、端正な顔が近付いて。反射的にぎゅうっと目を閉じる。 「……、?」 ところが、望んだ熱は一向に降ってこない。恐る恐る目を開けると、繊細な睫毛に縁取られた双眸が笑っていた。 「…ね、行こう?」 目の前の確信犯に緩く撫でられた唇が、あつい。 「露天風呂、貸切にしてくれたって」 「…そうですか」 後ろからかかる声に仕方なく相槌を打った。ぶくぶくと口元まで浸かってしまいたいような心持ちのまま、とろりとした真珠色のお湯を楽しむ。 洗い終わったのか、歩いてきた三井さんが隣に体を滑り込ませた。 「夜は冷えるね」 鼻歌でも始めそうな雰囲気の彼は、ついと空を仰いで。つられて見上げると綺麗な三日月だった。 なおも返事をしない俺に焦れたのか、距離を詰めてくる。同じだけ距離が開くように遠ざかって、詰められて…の応酬を何度か繰り返した後。 「…やっぱり拗ねてるでしょう」 「そんなことないです」 「本当に?」 「はい」 「……本当、に?」 「はい」 するすると口から流れ出す嘘に辟易した頃、何の前触れもなく抱え上げられ。脇下に差し入った手はそのまま、向かい合う形で膝上に座る。 「…ご機嫌取りですか?」 苛立ち半分に見下ろす相貌が、ふわりと綻んで。どう返って来るか、と挑むような気持ちは早々に萎んだ。 「拗ねても可愛い」 ひくりと喉が震えた。褒められることにまだ慣れていない俺は置いてきぼりで、橙色の灯りに照らされたシルバーが傾く。 慈しむように頬を滑った指が、距離を近づけるために首裏へ動いて。 冷えた肩とは反対に。 今度こそ重なった唇は、とても温かかった。

ともだちにシェアしよう!