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「晄とは事前に話をした。だから、今日は君の気持ちを聞かせて欲しい」
ぴくりと動く指。つられて垣間見た横顔は緊張を孕みながらも凛としていた。
「私達としては、晄の好きなようにさせてやりたい。けれど、やはり先行き不安は否めないし…障害となる物も多いと思う。それで君や君の御家族に迷惑を掛けるのであれば、このまま黙って見守る訳にもいかないだろう?」
言い差して、視線を送った隣の母さんが頷く。心配を瞳に滲ませる彼女は優しく語りかけた。
「好き合っている人達を引き離すようなことはしたくないの。ただ、晄と一緒に居て…あなたは、芹生君は、幸せだと思う…?」
何と、答えるだろう。息が詰まるような感覚。
ややあって、握る手が少し緩んだ。
「…三井さんには、すごく泣かされました。傷ついたとは言いたくないですけど、やっぱりそうなんだと思います。でも、いつだって思い浮かべるのは彼でした。自分でも初めてで、だけど、それが不思議と嫌じゃなくて……何でだろうってたくさん考えました。行き着く先は『好き』という感情で、俺は結局のところ、心底この人に惚れているんだと再確認させられただけで…、」
言葉に詰まった彼が深呼吸する。ちらりと俺を窺って、それはそれは綺麗に笑った。
「幸せに、してもらいます。そのためには隣に彼が居ないと駄目なんです」
正面を向いて言い切った、芯のある声音。柔らかい表情で、それでも、この子は―――
目頭が熱くなって、思わず唇を噛む。
「…全く、どちらが歳上なのかしらねぇ」
頬に手を添えて微笑む母親。本当だと同調する父の口角もまた、僅かな弧を描いて。
「よろしく頼むよ、芹生くん」
「はっ、はい…!」
すっと下げられた頭にたじろぐ楓くんは、しばらくしてトイレへと席を立った。
「……良い子を見つけたな」
3人だけの部屋。ぽつりと呟いた父に同意を示す。
「大事にしなさいよ、晄」
「…もちろん」
もう、手放したくない。
隣に彼が居ないと駄目なのは、俺の方だ。
「御家族には、まだ…?」
首を傾げる母親にため息で返して、考える。挨拶をするにしてもしっかり準備をしたい。主に心の。
「…今の、仕事。辞めたら…行こうと思う」
その発言に彼らが目を見張ったところで、近づく足音。この話題は打ち切りとなった。
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