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290.
あの小旅行から数日。インターンも終わった、8月下旬。
「…お久しぶり、です」
「うん。いらっしゃい」
訪れるのはもう何度目か分からない、三井さんのマンション。適度に冷やされた室内でほうと息をつく。
「アイスティー、飲める?」
「あ、はい。お構いなく」
隣に座った彼は、俺を見ると眩しそうに目を細める。理由が分からず、傾げた首。その先で繊細な指が踊るように頬を撫でた。
「…日焼け」
「え?ああ…少し、焼けたかもしれないです」
自らの腕を見下ろして呟く。しばらく経てばまた元の色に戻ってしまうから、色素沈着の心配をしたことはない。
伝えようと開いた唇は、彼のそれで塞がれた。
ひとしきり口内を蹂躙した後、そのまま凭れて来る痩躯を受け止めて。ひやりと冷たい髪を撫でる。
「…何かありました?」
「インターン…」
「はい」
「……お疲れ様」
「ど、どうも…?」
質問の答えになっていないような。それにしても、今日の三井さんは何処か変だ。
「…2週間、だっけ」
「そうですね」
頷けば体を起こす。揺れる瞳が子供のようだと思った。そっと躊躇いがちに落とされた、のは。
「………寂しかっ、…た」
緩慢に瞬いて、会得が行く。自分の方が歳上だという手前、なかなか言い出せなかったのだろう。時たま、こうして本当に可愛らしくなる彼の虜だ。
「メールはしたでしょう?」
うん、と半ば唸るように認めて、それでも不満げに尖らせた唇をなぞる。ぐっと距離を縮められ、端正な相貌がぼやけた。
「…君は?」
「俺ですか?」
「……楓、くん」
欲しがる答えは、まだ与えない。わざと焦らせば眉間に皺が寄る。これ以上は己の身が危険だと判断し、宥めるように囁いた。
「寂しかったですよ、俺も」
緩む頬が満足そうな色に染まって、再び落ちてくる口付け。段々と深まるそれに、もしやと思い当たる。
「抱かせて」
―――ああ、もう遅かったようだ。
建前も何も取り払った、簡潔な。ただそれだけのひとこと。
先ほどまでのしおらしさはなりを潜め、目の前に現れたのはただの狼。欲に濡れた瞳を正面から受け止めてしまえば、胸の奥深くが歓喜に震える。
(…これだから)
目が離せない。
ふ、と思わず笑ってしまう前に。差し出された細い首筋へ縋りついた。
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