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298.
存外、三井さんが寒さに弱いことを知った。早々と冬仕様に装いを変えた室内にふと笑みを零す。
いつものように、彼の自宅で。
「……なあに?」
振動を感じたのか、頭上から降ってくる声。背後からすっぽりと抱きしめられるような形の此処は、とても居心地が良い。
拗ねたような様子に思わずゆるりと口角が上がる。よもや余所事を考えていたとでも勘違いしたのだろうか。
「あたたかい、ですね」
「…うん」
とす、と頭に乗ったのはきっと顎。普段よりも明らかに口数の少ない三井さんが、何か伝えようとしているのは分かる。
話がある、そう言われたきりで。催促するのもどうかと悩むこちらの身にもなってほしい。
「仕事」
「はい?」
つらつらと考えを並べていた矢先、何の前触れも無く落とされた短い単語。胴に回った腕を撫でて相槌を返す。
「辞めることにした」
理解するのにたっぷり十秒は要したか。唐突すぎるその報告に、がばりと体を起こして。振り返った先の、うつむく彼。
下を向いたその表情は分からない。色々な憶測が高速で脳内を駆け巡る。
「…この仕事は普通じゃないし、初めたきっかけはただなんとなくだったけど。続けるうちにそれなりのプライドっていうのも持つようになった」
絡まった視線がゆらり、揺れる。
それほどまでに―――彼は。
「……何か、あったんですか」
問うた俺に首を振って、今度は正面から抱き寄せる両腕。ふわりと鼻腔をくすぐる香りに目を細め。
「惜しまれるうちが華かな、って」
黙って首筋に顔をうずめた。
きっと、それだけでは無いはずなのに。
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