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しばらく腕の中に閉じ込めた温もりを離すと、何とも言えない表情を浮かべていた。 楓くんは聡い。気付かれてしまったかと、呟きは内心に留め置いて。 「…きみ、が」 捕らえた手首に唇を寄せれば、その仕草に纏わりつく視線。 望み通り、絡めて、わらう。 「不安そうだったから」 はっ、と瞠目するのは想定内。本人は上手く隠しているつもりだったのか、意図せず暴いてしまったことに僅かな罪悪感を覚える。 「な……ん、で」 「分かるよ」 引き結ばれた口元を撫でながら囁く。やがて潤む双眸は、彼なりに悩んでいたことの現れか。 「…負担に、……お、れ…っ」 「楓くんのせいじゃない」 年端も行かぬ少年のような薄い肩を引き寄せ、背中を撫でる。震えがおさまるまでしばらくそうしていた。 「辞めるっていうのは元々考えてたし…次にやりたい事もあるんだ」 なおもぐすぐすと鼻を啜る彼は、少し遠慮しすぎだと思う。年齢を気にして、俺に釣り合おうと我慢して。背伸びする姿は可愛らしいが、結果溜め込んでしまっては本末転倒というもの。 「…で、も。お客さん……、」 言い淀む唇に触れてあやしながら、濡れた瞳を捉える。 楓くんだけが居れば俺は満足だけれど、それをそのまま伝えてしまうにはあまりにも脆く。きっと気に病んでしまうから。 「そうだね……。確かにきっかけにはなった。彼女達から"ルイ"を奪うんだよ、君は」 ひくりと動いた喉仏を柔く噛んで、そのまま上へスライドする。鋭利な顎に伝う涙の痕を辿りながら微笑んだ。 「傍に、居て」 辞めることで店に与える損失、客の不満。全て分かっていながら尚も彼は俺を離さない。 だから、 「俺を、もっと夢中にさせてくれる。…でしょう?」 そうでなければ彼女達の恨みも報われない、とは口にしなかったけれど。眼前に浮かべた誘いを受けて瞬いた後。 「…選んだこと、後悔させません」 ふわりと破顔した彼はやっぱり綺麗で、思わず目を細めた。

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