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「カフェ…ですか?」 あれから数日。仕事を辞めた三井さんが連れて来てくれたのは、木の香る小ぢんまりとした店舗。 「そう。ここでね、新しく始めるんだ」 どうやらオーナーの知り合いに、いくつか飲食店を経営している人が居るようで、再就職先を斡旋してもらったのだという。 「知り合いとは言っても、経営してるのはれっきとした昼のお店ばかりだから。安心して」 もうあの世界からは足を洗うよ、と。 どこかおどけた調子で告げた彼が、カウンターを回って向こう側へ。 「…君のご両親に挨拶する時も、ホストよりは聞こえが良いだろうし」 「え、」 頬杖をついたまま浮かべた笑みはひどく儚い。様々な感情が綯い交ぜになったようなそれを、不安に感じて。 思わず近寄る俺へ応えるように体を起こす三井さん。 「あの……」 まさか、仕事を辞めた一番の理由はそれだろうか。だとしたらとんでもない事を強いてしまった。 今からでも遅くない。戻って欲しい旨を伝えるべく開いた口は、しかし音を成すことは叶わず。 「…ねえ。欲しいんだ、楓くんが」 二の句を継がせまいと唇に当てられた人差し指。ほんの僅か、震えるのは緊張の表れか。 そのまま頬を滑った指が包むように開く。常より少しばかり熱を帯びる感触をこそばゆく感じた。 「俺と一緒に、店を作ってくれませんか」 「…つく、る……って」 「副店長に迎えたい」 手をついたカウンターがひんやりとしていることに、今更気づく。副店長、と。どこか他人事じみた声で呟いて。 「…あ、料理長も兼任だから」 身を乗り出した彼が悪戯っぽく笑う。瞳に映り込んだ俺はどんな顔をしているだろうか。 「すぐ決められないだろうけど、出来れば今月中には返事が欲しいかな。詳しいことはまた話すよ」 就職活動の方もあるだろう、と聞かれて返答に詰まった。この就職氷河期にあって、難航しているのも事実で。時期を考えるほど焦り、志望のランクを落としては探し続ける日々。 けれど、だからと言って逃げ込みたくはなかった。これからの事業はある種の賭け。本当にやりたいと思えてこそ、価値がある。 「…分かりました。考えて、おきます」 頷いた俺の頭を優しい手のひらが過ぎて行った。

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