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308.
オープンに向けての研修に明け暮れた11月も過ぎ、12月。早々とクリスマスムードに彩られた町並みを眺めながら、目的の場所へと足を進める。
『Cafe' Kusch』
パンケーキを中心としたスイーツと、サンドイッチなど軽食を提供する店。お洒落なログハウス風の内装に驚く俺に、自慢げな顔を見せた三井さん。
1月中旬のプレオープンまでに集まった面々は何とも個性的で、けれど誰もが良い人だった。各個人の詳しいエピソードは、細田にでも聞いてもらおう。
朝から打ち合わせと雑誌の取材、それから他店の調査だという三井さんを送り出して家事を済ませた。同業店を何軒も巡るから夕食は要らないと告げた彼に、毎日お仕事大変ですねと労いの言葉を掛ければ。
「男だらけの環境だけど…帰って来た時に楓くんが居てくれると思えば、いくらでも頑張れるよ」
そんなことをふわりと極上の微笑み付きで贈ってくれた彼のために、買い物を終わらせ早く帰ろうと思う。
「…よし、大丈夫」
手元のメモに目を通し、買い忘れが無いか確認する。
クリスマス商戦。毎年毎年すごいな、とポスターを見つめたその先。
「え……」
思わず声に出してしまった。だって、見間違えるはずが無い。
横断歩道の向こう側、連れ立って歩く一組の男女。
つい数時間前に見た格好の――三井さん。その腕に寄り添うのは見知らぬ美女。高いヒールを履いても彼より少し低い身長に、茶色くウェーブした長髪。すらりとした痩躯を包むコートが翻る。
ホスト時代のお客さんとは全て縁を切ったと言っていた。仮にお客さんだとして、ああも距離を詰めるとは考えづらい。それに、あそこまで親密そうな顔を見せるのは家族とハルさん、リンさん、そして俺ぐらいだと思っていたのに。
「……、っ」
丸いサングラスを取った女性は、やはり美貌の持ち主だった。髪をかきあげる彼女に笑う三井さん。
そして、白い頬に送ったのは映画のような口付け。ワンシーンさながらの場面を見せられてなお、目が離せなかった。
吸い込まれるようにして入った隣の店。
ブランド物に疎い俺でも知っている、世界的に有名なジュエリーショップ。
視線を手元に落とす。
仕事だと偽ってまで逢いたい相手だったのだろう。家に居ろと暗に告げたのは万が一の危険を避けるため?夕食も要らないと言うのは―――…
(ああ、もう。本当に……馬鹿だ)
認めたくないと拒否する心を嘲笑うかのように、全てが繋がったような気がして。
ただただその場を後にするしかなかった。
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