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310.
あれから5日目。
「なあ、芹生くん」
「はい?」
「…そろそろ連絡してやったら?」
気づかわしげにこちらを見遣るハルさん。どうしてだ、と心からの思いで首を傾げる。
「何か事件に巻き込まれてると勘違いしてたら大変だろ」
「ああ…それはないです」
白紙にたった一文"返します"と書いて、贈られたネックレスを添えてきた。それでもあの時の精神状態では精一杯のことをしたはず。
にべもない答えに押し黙った彼はココアを啜る。
「俺はいつまで居てもらっても構わないけど、仕事の方はどうするんだ?」
三井さんとの店のことは話してある。言われなくてもそこはしっかりしなくてはと考えているし、一番の悩みの種。ずっとお世話になる訳にもいかない。
俺を心配しているかはさておき、ビジネスはまた別だ。
「…分かりました。連絡します」
「気持ちが整理出来てからで良いからな、じゃないと―――」
言い淀んだ彼を視線で促せばため息をついた。
「お互い傷ついて修復不可能になる姿なんて見たくない」
今更傷つくも何も。終わったこと。
瞬いてスマホに手を伸ばす俺を見ながら、やれやれと言った体で肩を竦めたハルさん。2つのマグカップを持ってキッチンに消えて行く。
本当を言えば、彼の忠告通りにするべきだった。
立ち上げたメールボックス。
『無事です。』
いや、違う。首を捻って消去する。ここはもう、お互いにとって一番気になることだけを伝えるべきではないか。
『研修、無断で欠勤してすみませんでした。明後日からは通常通りに出勤しますのでよろしくお願いします。それから、オープン以降の雇用形態についてもまた改めてご相談させてください』
事務連絡のような、というかまさしく事務連絡の文面に思わず笑って、送信ボタンを押す。
きちんと送信したはずのそれは、いつまで経っても返事が来ることはなかった。
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