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311.
電話もメールも、メッセージアプリも。全てにおいて連絡がつかない状況で5日が過ぎた。
少し震える字で"返します"とだけ書かれた紙と、誕生日に贈ったネックレス。
帰宅した俺を出迎えたのはいつもの笑顔ではなく、冷たいそれだった。
「……いったい、」
何があった――否、何をしたと言うのだろう。皆目検討もつかない。付き合い出してからは比較的順調だと思っていたのは俺だけで、楓くんには我慢をさせていたということか。
それならば、もう以前のように戻ることは難しい。気持ちが無い相手を仕事で縛り付けるのは、さすがに人としてどうかと思う。本音を言えばそうしたいところではあるけれど。
悩む俺に届いたメール。これだけ心配させておきながら事務連絡さながらの文面に、ああ本当にと実感する。
本当に、もう自分には気が無いのだ。
一応の返事として送ったメールがエラーで返ってくることが一番の答え。
明日の研修は元々休み。そして明後日からは出勤する。ということは。
(…明日、か)
研修に必要な着替えや道具を取りに来るとすれば、きっと。明日の日中だ。
予定を全てキャンセルするべくスマホを手に取った。
そうして、次の日。
部屋の電気を全て消して、薄暗いキッチンの隅で待つ。
―――カチャ
静寂に響く解錠音。現れたのは、果たして楓くんだった。
久しぶりに見るその華奢な背中を、どれほど焦がれたか。締め付けられるような胸の痛みをやりすごして、深呼吸する。
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