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314.
しゃがみ込んだ俺に目線を合わせる彼は、何とも言えない笑みを浮かべていて。
「…今度、ウチに連れてこようか?」
従姉妹、と。問われて首を振った。あちらでの生活が長かったのならば、スキンシップがアメリカナイズされていたのも納得できる。
その手にあるのは紙袋から取り出したとみえる箱。ビロードに包まれた形状は、良く知っている物で。
「…本当は、クリスマスに。ちゃんとした場所で渡そうと思って…色々準備もしてたんだけど」
床についていた左手をそっと掬われる。
「どこかの誰かさんが?1人で勘違いして?家出なんてするから?…もう、」
咎めるような響きにただただ謝るしかなかった。申し訳ないやら恥ずかしいやらで再び滲む涙。
「……まあ、黙ってた俺も悪かったかな」
細い指が摘んだのは―――指輪。一見シンプルなそれは、良く見れば意匠の施された物だと分かった。
「これから店も始まるし、色々な人と接する機会が増えるから。……虫除けに、ね」
吸い寄せられるようにその指先を注視すれば、僅かに震えているのが見て取れる。恐らく様々な緊張が綯い交ぜになったのであろう、気持ちの表れを堪らなく愛おしいと思った。
すっと嵌った指輪。薬指に座す輝きが眩しい。
ふ、と漏れた安堵の吐息に顔を上げる。
「サイズ、合って良かった」
優しく光る琥珀の双眸。再び熱くなる目頭を隠したくて、その胸目掛けて飛び込む。
「三井さん」
「なあに?」
「ごめんなさい…」
「……うん」
「それと、」
真新しい指輪を撫でて、少し上の相貌を見上げる。
「…好き、です」
面食らった彼は一拍後、渋面を作って。
「俺は好きじゃない」
「えっ……」
思わず体を離せば、吹き出しながらまた戻される距離。
「大好きでもないなあ」
何なんだ。言葉と行動が伴わない、謎の三井さん。やはり呆れられてしまったのか。
泣きそうになる俺の目元を撫でて――…
「愛してる」
初めてだった。一緒に居るようになってから初めて、そんなことを言われてしまえば、もう堪 えられない。次から次へと溢れる涙を拭うのは諦めて、精一杯の笑顔を浮かべた。
「…はい。俺にも虫除け、してくれる?」
差し出された薬指と、同じデザインの指輪。歪む視界の中で何故かそれだけはくっきりと見てとることが出来た。
指の根元へ辿り着くや否や突然塞がれた唇に驚いて、この涙が止まるのは数秒後。
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