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315.
ところ変わって、リビング。
対面するソファーの隅に腰掛けた三井さんはぼんやりと宙を見つめて。
「……かなり心配したんだけどなあ」
「すみません…。でも、メモは残しましたよ?」
事故や犯罪に巻き込まれていないと証明するために。首を傾げる俺をじとりと見遣って、彼は膝を抱えた。
「いい歳したおじさんがこんなに振り回されて」
「おじさんじゃありません」
「ハルに電話しても居ないなんて嘘つかれて」
「そ、れは…俺のせいじゃ……!何も言ってないですもん」
「大事な指輪。色々準備もしてたのに、まさか玄関で渡すことになるなんて」
「うっ…」
「ホスト時代のお客さんを全部切るのに苦労して」
「……はい」
知っている。三井さんは皆に望まれる人だ。どれだけ大変だったか、それはもう嫌というほど。
「メールもエラーで帰ってきて」
「あ…!」
そうだ。受信拒否設定を解除していないのだから、返事も来ないに決まっている。それなのに勝手に落ち込んでいたとは。
項垂れる此方にトドメのひとこと。
「俺、そんなに信用ないかなあ………」
恐らく、一番言いたかった事で。それきり黙り込んでしまう三井さん。
先の件は完全に自分が悪い。
「あの……本当に、すみませんでした…。良く、確認もせずに…でも、怖くて。もし予想が当たっていたらどうしようと思ったら、逃げることしか…思いつかなかったんです」
抱える膝に埋まった顔は動かない。ひたすら謝るも、今回ばかりはなかなかにショックだったようだ。
「三井さん…」
途方に暮れて唇を噛む。離れる距離が、遠い。せっかく誤解を解いて分かり合えたのに、これではまるで―――
(…寂しい、)
じわりと滲む涙を、甲で拭って深呼吸する。
泣き始めにどうしても震えてしまう喉を押さえた。
小さく響く嗚咽に気づいた彼が顔を上げて。物言いたげな双眸を受け、本当に、ごく自然にほろりと口から零れ出た言葉。
「ひ、かる…さん……」
見開かれる琥珀色。ややあって糖蜜のように溶けたそれは、彼が根負けしたことを指していた。
テーブルを越え隣へ移動してくると、温かい指で目元を拭われ。
「どんな些細な事でも良い。ちゃんと答えるから、不安になったら絶対に聞いて」
優しく降ってくる口付けを至るところに受けながら、必死で頷く。
俺を抱き上げた彼の向かう先が、二人の寝室だと分かっても尚。その首筋に縋り付いたまま離れたくなかった。
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