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316.
横たえられたベッド。見上げる天井を隠すように視界を覆う三井さん。
「…ねえ」
影のかかる相貌。頬に伸ばした手を、彼の指があっさり絡め取って。小さな呼びかけに視線で応える。
「……出逢わなければ、良かった、なんて…言わないで…」
閉ざされた瞼。その奥に浮かぶのは。
途切れがちに吐き出された、それは祈りにも似た懇願。
俺の胸元に額を押し付ける彼の後頭部を撫でた。まるで年下のような行動を、不覚にも可愛いと感じてしまう。
「み……晄さん」
上げられた顔。双の瞳が揺れる。
嘘をついてしまおうかとも思った。優しい、嘘を。
でも。
「…出逢わなければ良かった、と。思ったことは…正直、あります」
本音を告げることで傷つけたとしても、それが今の自分に出来る最大の償いだと信じて疑わなかった。
喧嘩ですれ違った時。勘違いをした時。
もしもの未来を思い描いたことはある。
「でも。もう、二度と…言わなくても良いように、してください」
ゆっくりと見開かれた瞳は、やがて静かにほどけた。しばらく考え込んだ様子の晄さん。
頷いて、そっと耳朶に吹き込まれた囁き。
「―――…」
嗚呼、幸せとはきっと、こういう事。
胸がきゅうと締め付けられて。痛いほどの甘い疼きはそのまま全身を巡る。
欲しいと、思った。
目の前で微笑む彼を。晄さんを。
求めても良いだろうか。
「ひ、晄…さん、」
言葉にするのはやっぱりまだ恥ずかしくて、その柔らかな唇をそっと撫でた。縮んだ距離を、それでもまだ遠いと焦れる。
するり、シャツの裾を割って侵入してくる手のひら。跳ねてしまった身体を持て余しながら、見上げるのは原因となった彼。
「……明日の研修、君はお休みです」
「っ、え…?」
忍ばせた指先で脇腹を擽られる。宿った熱が伝わってしまわないかと唇を噛む俺の耳朶に、落とし込まれた声音。
体を起こした晄さんが、笑う。
「きっと、立てないよ」
背中にはシーツ。上には狼。
意味を理解した途端、ぶわりと熱くなる顔面。今、この瞬間。同じ気持ちだということが堪らなく嬉しい。
すきです、と。呟く声は口内に吸い込まれた。
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