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1月も半ばになり、カフェのオープンが近づいてきた。すぐに迎える最初のイベントは、バレンタイン。 SNSも発達している昨今において、イベント事の成功は、いかに女性の心を掴むかに命運が掛かっている。 「…と、いうわけで。イベントメニューの考案をしたいと思います」 「やっぱりチョコレート系ですかね?」 店長―――もとい晄さんの言葉を受けて続けたのは、(あずま) 若菜(わかな)さん。昼のキッチンを担当する、34歳のタレ目でおっとりした主婦だ。 「球体のチョコレートにホットチョコレートを掛けて溶かす変わったデザートは見たことがあります」 「あ、私も知ってる!撮りがいがあるなあ」 東さんの発言を皮切りに佐藤(さとう) 拓海(たくみ)さん、石橋(いしばし) 結実(ゆみ)さんが頷く。32歳の佐藤さんは、昼のホールを担当。夜は警備会社で働きながら、奥さんと2歳の娘さんを支える物静かでダンディなイケメンだ。石橋さんは美容の専門学校に通う20歳。昼から夜にかけてのホールを担当する、少しおっちょこちょいな今どきの天然女子。 「確かに…見栄えがする、っていうのも大事っすね!」 手を打つのは水戸(みと) (りょう)さん。夕方から夜にかけてのホールを担当する、24歳のフリーター。ジャニーズ顔の明るい彼は、昼間は別の仕事をしているという。ちなみに彼女との結婚を考えているそうだ。 「せっかくだから、皆が好きなチョコレートのスイーツからもヒントを得られると良いな」 そう言った晄さんから一番に視線を向けられる。チョコレート、と聞いて思い浮かぶのは。 「フォンダンショコラ……ですかね」 「却下」 被せるように首を振った晄さん。思わず目を見張って隣を振り仰ぐ。 温厚な彼にしては珍しい、とざわめく他のスタッフを見てもなお、その表情は変わらなかった。 「君が作るフォンダンショコラを食べるのは、俺だけで良い」 「……あの」 意味を理解したところで二の句が継げるわけもなく。やれやれと苦笑いする佐藤さん、「また始まった…」と呟く石橋さん。 「それだけ美味しいなら、きっとお客さんにも好評になりますよね?」 「……うーん…」 そんな中、微妙な空気をものともせず提案した関田(せきた) 友紀(ゆき)さんの声に揺らぐ様子が伝わってくる。 ショートカットの彼女は、美術大学に通う21歳。口数は少ないが黒目がちのツリ目が綺麗で、夕方から夜にかけてキッチンの担当だ。聞くところによるとかなりのゲーマー…らしい。 そして晄さん。先ほどの態度が間違いでなければ、『独り占めしたい』と『周囲に知らしめたい』気持ちの狭間でせめぎ合っているのだろうか。 「ふふ…」 悩む姿に笑みがこぼれた。笑い声に反応し、こちらを向いた晄さんの腕を軽く叩いて促す。 「取りあえず、他の方のお話も聞きましょう?」 はっと我に返った彼が進行を再開する、その隣で。近いうちに作ってあげようと、驚く顔を想像して口元を緩めた。

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