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322.
やはりというか、何というか。
2月に入ってしばらく。店の外に続く長蛇の列を眺めて、人知れずため息をついた。
晄さんがとある雑誌にインタビューを受けてからというもの、桁違いに伸びた客数と問い合わせ。ある程度覚悟していたとはいえ、実際にまざまざと突きつけられれば落ち込むのが人間の性 だ。
「副店長、お疲れですか…?」
キッチンで気遣わしげに問いかけてくる東さん。元々のタレ目がこぼれ落ちそうなほどの表情を受け、慌てて笑顔を作った。
「いえ、大丈夫ですよ」
「あまり無理はしないでくださいね」
お礼と共にパンケーキを仕上げ、カウンターに乗せる。すると間もなく滑り込んできた石橋さん。いつもふわふわしている彼女にしては珍しく、眉根にシワが寄っている。
「水戸さん来るの何時でしたっけ?も~早く来て欲しい!」
「ホール、忙しいですよね…」
店内にいるお客さんのファーストオーダーは出し終えた。しばらくは落ち着くだろうし、追加で注文が来るとしたらドリンクだろう。この状況なら移動出来るか。ちらりと伝票の機械を見て口を開く。
「東さん、ここお願い出来ますか?今は店長がドリンカーなので、代わるか2人体制にしようと思います」
「分かりました。もうすぐ関田さんも来るので、きっと平気ですよ」
「ありがとうございます。余裕がありそうなら俺も往復しますから」
頷いてコック帽を脱ぐ。「よし、私もひと頑張りするぞ~!」と気合を入れ直す石橋さんと共にホールへ出た。
ドリンクカウンターに入ると「キッチンは大丈夫?」と声を掛けられる。先ほどの会話を手短に伝え、伝票を確認した。
「取りあえず出来てるものは俺と石橋さんで運びます」
「ああ………いや、俺が行くよ」
店長よりは副店長の自分が動いた方が良いかと判断したが、やんわりと押し留められる。次いで店内の女性客に投げられた視線を辿って、妙に納得してしまった。
(……そうか)
彼女達は、晄さんを見に来たのだから。
中には純粋にカフェへの興味を持って来てくれた人も居るかもしれない。けれど、取り立てて特殊なメニューもない店なのだから、やはり理由としては店長のルックスが一番に挙がるだろう。
その証拠に、先ほどからこちらに刺さる視線が痛い。
逃げるように俯いて、コーヒー豆のボトルを手に取った。
「……、っ」
ドリンクカウンターの下、座席からは見えない位置にある手のひらに絡んだ指。突然のことに驚いて隣を見れば、微笑む晄さんが。
するりと左手、薬指を辿って離れたそれは温かく、ささくれた心が少し穏やかになったような気がした。
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