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ドリンクカウンターを離れてテーブル席へ足を運ぶ。背後で頬を染める楓くんを拝めないのは残念だが、あれ以上見つめ合っていては不審に思われてしまう。 「お待たせいたしました。ハワイコナです」 2人組の女性へ会釈すれば、ホスト時代に良く向けられた表情。ところが、片方の女性がすぐに視線を動かした先。そこに立っているのは楓くんだ。 舌打ちしたいのを堪えて離れる。 (……俺ばっかりじゃ無いだろ) ドリンクカウンターに彼を残したのは、完全に自分の都合だ。中にはこの女性客のように、熱視線を送る相手が楓くんという場合もあって。 見るなとも言えず、業務用の笑顔を貼り付けたまま接客するのもストレスが溜まる。 本当は、彼女達の視線を全て自分に集めてしまいたい。そうすれば何の心配も要らず、やきもきしながら仕事をすることも無いわけで。 けれどそれは同時に楓くんを悩ませることも分かっていた。最近、元気がないことだってもちろん気付いている。思えば雑誌の取材を受ける話が出た段階から少し様子がおかしかった。 (…やっぱり、) あの時はハルの言う通り、自分にも取材が及ぶのかと緊張しているだけだと思っていたけれど。もしかすれば、という疑問は確信に変わった。 きっと、俺が取材を受けるのが嫌だったのだろう。 謎が解けてしまえば、残るのはただただ溢れる愛しさのみ。一刻も早く不安を取り除いてあげたいと(はや)る心に味方してくれたのか、天は水戸くんという使者を寄越した。 「店長お疲れ様です。ドリンク入りますよ!」 「うん、お疲れ様。入る前に、副店長はキッチンに戻るように伝えてくれるかな」 遠くで頷く楓くんを見届けて、少しの間離れることを水戸くんに伝える。

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