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327.
恥ずかしい。ああ恥ずかしい。
2月も半ばに差し掛かるところ。ガシャガシャと泡立て器を回せば、隣の東さんがふと笑った。
「副店長、何かあったんですか?」
「…えっ」
首を傾げる彼女は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて。子供がいるということもあり、どこか母親の面影をみてしまう。そんな母性溢れる雰囲気に絆されてか、気づけば口を開いていた。
「……俺って結構、あの…独占欲が強いタイプだったんだな、と…」
思い出すのは数日前。久しぶりに晄さんに抱かれた。それはもう優しく、溶けてしまうかと危惧するほど。
と、いうより実際にそうだったのかもしれない。後半の記憶がひどく曖昧で、脳裏に残る切れ端を覗くとそこにはあられもない自分の姿があるばかり。
「埋まりたい………」
「そう気を落とさないでください」
ふふ、と口元に手を当てる東さん。ちらりと隣を見やって、再び手元に視線を落とした。
「本当に好きなんですねぇ」
誰が、とは言われなかった。まあ今更わざわざ口にするほどでもないけれど、主語をぼかして伝えられたその言葉にかえって羞恥を煽られる。
「…でも、何となく分かる気がしますよ。ウチの旦那もかなり顔が広いですから」
「旦那さん…」
そういえば、あまり家庭の話をしたことはないと思い当たる。にこやかに頷いて続けた、その後半が問題だった。
「テレビとか、よく出てるんです」
「テレビ!?」
「一応…俳優っていうんですかね」
恐る恐る聞いた名前は、今をときめく大物俳優のもので。ふわふわと微笑む東さんの顔を眺めて、思わず額を押さえる。
それからはもう、バレンタインイベントに向けたスイーツを無心で試作する時間を過ごした。
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