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思惑と誤算

「てか、勃つんですか?」 「うん。よゆー。俺、多分相手が君でも勃起するよ」 「……まじでそういうのやめてくれませんかね」 「あはは」  窓から離れて、出入口付近にいるカメラ君のほうへ向かい、横に立つ。  薄暗くなった、まだ雄の匂いが残る部屋で、相手との距離が縮まる。  無表情で近付いたせいか、少し引き気味……というか、警戒心と懐疑の狭間で胡乱げに見られて、怯えるみたいなそれに『別になんもしないよ』という意味を込め、彼の肩を軽く叩いて笑う。  別にとって食うわけじゃない。  口は悪いけど、君が俺に向けてる純粋な信頼は、言わずとも理解しているつもりだ。 「……今日のテープ、事務所帰る前に俺に渡してね」 「……それって買収? 賄賂受け取るんですか、俺。オトナってほんと汚れてますよね」 「ふは、そういうことはフツー口に出さないもんだよ?」 「そうですか」 「悪い話じゃないでしょ。君は興味のない映像を俺に渡すだけで、臨時収入もらえるんだから」 「確かにそうですけど」  彼の警戒心は消えたが、今度は嫌悪感が垣間見える。  俺の言うことを聞いてはくれるが、どことなく納得のいかない変な顔をしていた。  何か思案している、という表現のほうが正しいかも。  無言で俺を見つめるカメラ君の心情は読み取れず、こちらも首を傾げる。 「何? 言いたいことあるならはっきり言えば」 「……そういうの、なんて言うか知ってます?」 「さあ?」 「職権濫用、または」 「……または?」 「……恋、ですかね」  全く思いもしなかったその台詞を聞いて、俺は目を丸くするも、その次には腹を抱えて盛大に声を上げて笑った。  まさか君からそんな清くピュアな言葉が出てくるとは。  不機嫌になった彼には悪いけれど、傑作すぎて涙すら出てくる。  今日はよく笑う、楽しい日だなあ。 ──あぁ、ほんとに。  薄汚れた俺にもまだ、愛だの恋だの、そういった淡い感情が存在していたなんて。  それなら嬉しい大誤算だ。 fin.

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