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醜悪な思い出
「……身体に傷は?」
「ちょっとついちゃった。商売道具なのにね。怒る……?」
「……いえ。手当てしますか」
「んー、いいや。今回のはすぐに治りそうだし。てか、どうしたの? なんか今日は優しくない?」
もっと説教されると思ってたのに、とにっこり笑う彼のほうが優しい人に“見える”。
一番最初に会った時は、ほんとにカタギの人間なのかと疑ったほど、無邪気で危なげで妖艶な、独特の雰囲気を持っている人だと思った。
実際の本質も、推測でしかなかったそれと差異は見られず。
彼の、その場しのぎでない臨機応変な立ち振舞いとか機転の良さは、一種の才能のように感じた。
まあ、そんなことを言えば調子に乗るのは目に見えてるからあえて明言しない。
思えば、危ない橋を渡る機会の多い彼に、今まで何度振り回されてきたか。
思い出すとハラワタが煮えくり返る出来事ばかりだった、ほんとに。
「……」
「ムスッとしないでよ。綺麗な顔が台無し」
「……綺麗? そういうの虫酸が走るんですけど」
「あはは、酷いね。機嫌が悪いのはどうして? またセクハラでもされたの?」
「いや、それは大丈夫です」
「ふは、そっか。なら良かった」
いつもにこにこと平和そうな笑顔を絶やさない。
こういう人ほど怒ると恐いのを、俺は知っている。
セクハラか……懐かしい。
ここに働きだした当初は、男ばかりの世界のわりに新人いびりみたいなものもあって、男同士だからこそ、その内容は実に卑劣であからさまだった。
若さを活かさず男優ではなく裏方志望で入ったせいか、ベテラン男優のムキムキカマ野郎に目をつけられ、遊び半分で無理やり襲われそうになったことが一度だけある。
それをレイプメインのオムニバスAVに収録して、販売する。
付き合いも悪く味見すらさせない俺を、興味本意と好奇心だけで心身ともに追いつめる魂胆だったらしい。なんて悪趣味な。
助けを求めても、その場にいた全員がグルだった。
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