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救世主
完全にハメられたと思った。
頭に血がのぼって、おぞましくて、愕然とした。
もう思い出したくも、ない。
「……何だかんだで、連絡待ってるんですね」
「ふぇ?」
「携帯。最近よく確認してるから」
「……あー、うん」
分かっちゃった?と、彼は悪戯に人好きのする顔で笑う。
きっと最初で最後だ。
俺が彼の、あんな不愉快極まりないといった表情を見たのは。
沸き立つ怒りと嫌悪に青筋を浮かばせ、静かに燃えるような目をしていた。
『嫌いなんだ、そういうの』
たまたま居合わせただけですぐに状況を把握した彼は、新人で関わりのなかった半裸の俺を流し見たあと、思ったよりも落ち着いた声色でそう言い放ったのだ。
周りから受けていた質の悪いいやがらせは、その言葉を聞いた翌日から、ピタリと止んだ。
どうしてたった一言で周りを動かせるのか。
その理由も、彼が本当は何者なのかも、俺は未だに何も知らない。
「連絡、とってるんですか」
「えへへ、うん」
「良かったじゃないですか」
「うん。今日も仕事終わったら会うの」
そうですか、と俺はいつものように平坦に返す。
バカップルオーラを醸し出す幸せそうな顔。
彼の恋した相手はノンケで純情な淫乱男。
きっとあの人との付き合いを心から嬉しく楽しんでいるんだろう。
彼はそんな自分に気付いているのか。
携帯のディスプレイを、緩みきった心底気持ち悪い顔をして、ずっと眺めていることに。
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