38 / 63
それでいい
「だったらそのキスマーク、見えたらやばくないですかね。身体の傷も」
「あ、そうだね。見えない服に着替えてかなきゃ」
「脱いだら服もクソもないでしょうに……」
「脱ぐ機会ないから大丈夫だよ」
「え? ヤってないんですか、例の彼と」
「うん? 何が?」
「何が、って……」
きょとんと首を傾げる彼に、俺は眉をひそめる。
『セックスですよ』と当然のように答えれば、本当に今思い出したような顔をされ、俺のほうがおかしいのかよ、と掴み所のない彼の言動にいささか混乱する。
確かに彼は色んな姿を持っている。
どれが本当の顔なのか、これからも多分見極められない。でも、
「えっちだけが全てじゃないよ。まだ寸止め食らってて付き合ってもくれないし……。けど、それでも全然いいんだ」
「気持ち悪い」
「え、ひどい」
「ま、せいぜい頑張って下さいよ。応援してます」
「あは、ありがとう」
男に向かって例えるのは変だと思うけど、満開の華が咲いたみたいな笑顔。
そんな顔も、相反する残酷な冷たい表情も、紡がれる甘い囁きも、黒い言葉も。
つまるところ、全部が彼の本質なんだろうと、もはやとうに諦念した。
「君のおかげだよ、色々と」
「? 何がですか」
「俺が恋愛なんて出来るのも、その感情に気付かせてくれたのも」
ありがとうね、ととろけるような顔で言われ、なんとも居心地が悪くなる。
俺は普段悪態しかついてない自覚があるから、その台詞には違和感しかない。
しかしまあ、感謝の言葉はむず痒くて落ち着かないが、たまにはいいものだと思う。
ともだちにシェアしよう!