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拍子抜け
なのにどうして、こんなにも心臓が痛む。
いい歳して、割りきることくらい簡単なはずなのに。
思考がまとまらず、考えあぐねているうちに食欲をなくしてしまい、皿の上に箸を置く。
ふと、テレビ台に放置されたままの、あいつの名刺が目に入った。
「あ゙ー……、もうっ」
うじうじ悩むな、うぜぇ……!
四つん這いで名刺と携帯を引っ掴み、書かれた手書きの番号をダイヤルする。
もういい、何とでもなれ、と半ば自暴自棄になりながら──。
しかし不憫なくらいに震える指先で、通話ボタンを押した。
「──仕事、忙しくなかったら……、飯でも食いに行かねぇか?」
何度か言葉を交したあと、意を決してそう言った声は、もしかしたら不安と緊張で揺れていたかも知れない。
それでも、遠慮がちに、けれど心情を悟られないように尽くした、俺の渾身の勇気に返ってきたのは。
『えっ、ほんと!? いいのっ? 嬉しいっ、もちろん行くに決まってるでしょーっ』
DVDの、映像のなかだけでは到底想像がつかないくらい、無邪気にはしゃぐ明るいリアルな声だった。
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