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プライベート
───……
あれからまた一ヶ月。
俺が出演したゲイビは企画倒れになったとかで、販売前に取り止めになったらしいことを、後であいつから聞いた。
……正直、かなりホッとした。
後悔していたから。
いくら自分の性癖がアブノーマルで他人に理解されないからといって、焦りと好奇心と金目当てでホイホイ着いていった自分にアホかと思い、自己嫌悪した。
しかし、あれがなければこいつと出会うこともなかったんだと思うと、それも妙な感じだ。
「──さん、テツヤさん……!」
「っうぁ、わ、悪い……」
「どうしたの、考え事?」
……ほんとに、変な気分。
住む世界の違う人間と、今こうして、お互いの家に通い合う飲み仲間にまで進展しているなんて。
俺を気遣うように顔を覗きこまれ、不安そうに眉を下げた表情にドキリとする。
毎週末、こいつのマンションで一緒に酒を飲んでいるなんて、夢みたいだ。
やっと慣れてきたシンプルな部屋の空気や匂いも、その家主の存在も。
くすぐったくて楽しくて、落ち着かないこの気持ちも、ちゃんと現実で。
「いや……。酔いが回ってきてんのかな」
「大丈夫? 確かに顔、真っ赤だね」
優しげな、整った顔で微笑まれる。
赤いのは多分、アルコールのせいだけじゃない。とは、言えない。
俺の部屋よりもずいぶんと広く、生活感がなくて、あまりの物が置いてないこいつの自室。
だが、真っ白なテーブルに、今は大量の酒缶と瓶、つまみの袋や皿が散らかっている。
「……あぁ、平気。んで、なんの話してたっ、け……っ、?」
からん、と軽い音を立て、あいつの腕が当たった空き缶のひとつがグラつき、ぎょっとした──同時、俺は身体を強張らせた。
やつの伸ばされた手はまっすぐにこちらへ向かい、長い指で頬を撫でられたのだ。
ちらりと横目で見た缶には中身が入っておらず、内心胸を撫で下ろす。が、それも束の間だった。
何を思ったか、やつはテーブルに身を乗り上げ、びくりと肩を縮ませるだけの俺に近付き、耳許で低く囁く。
突拍子もない相手の行動に驚き、抵抗も何も出来ない。
「『俺の名前、知ってるでしょ?』って。呼んでみてほしいな」
「へっ、は……?」
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