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呼んで

「だってテツヤさん、俺のこといつも“アンタ”とか“お前”って言うんだもん」  急に色香を匂わす声色をしたかと思えば、うって変わって、今度は子どものようにぷっくりと頬を膨らましてみせる、そいつ。  ころころと表情が変わる。  プライベートの付き合いをするようになってから、色んな顔を見る機会が増えた。  そういうのもまだあんまり慣れておらず、胸が熱くなって、心臓に悪い。 「……せ、つ」 「ふは、そう、セツ。雪みたいに白くて綺麗な名前でしょ?」 ──仕事はあんなんなのに、ね。  そう呟いた声が、どこか寂しげで自嘲しているように聞こえて、おそるおそる顔を上げる。  だが、その頃にはやつの表情はいつも通りだった。  ぽかん、ときっと腑抜けた顔をしている俺に、セツは何故か嬉しそうに笑う。  どことなく頬が紅潮して見えるのは、こいつも酔っているのかも。ザルのくせに、珍しい。 ──そう、ぼんやりと見上げていたら、 「……その顔、可愛い」 「なっ、馬鹿なこと言うな。もう、離せ……」 ……まさか、顔が赤く見えたのは、酒じゃなくてそれが理由?  居たたまれなくなって、頬へ触れられた手をやんわりと払うつもりで近付けた手首を、逆に掴まれてしまう。  この一ヶ月、俺たちはいたって健全な、普通の友人のように接してきた。  だから、そんなふうに触れられたのは、あの初めてスカウトされたとき以来で。  真摯な眼差しに見据えられ、時間が止まったみたいに身体が動かない。 「……だけど、それは仕事用でね」 「……っ、は?」 「ほんとの名前は──」  顔を傾け、目を伏せて、さっきよりもっと、口付けでもされそうなくらいに顔が近付いてくる。  しかし唇は触れることなく通りすぎ、まるで内緒話のように、吐息を含んだ掠れた声が鼓膜をじっくりと撫で上げて。  注ぎ込まれた言葉は脳髄にまで染み渡り、頭のなかをぞくぞくと痺れさせた。

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