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美味しそう
実は掃除が好きで、本名は芸名と掛けていて、俺よりも年下で、酒が驚くほどに強くて。
どんどん増える、やつの情報。
隠さずにさらけ出してくれる、素顔。
そのたびに、翻弄される。
胸の内を、掻き回される。
「どうかした?」
「なんで、俺に、そんなこと言うんだ……」
「うん?」
「……本名とか、お前のプライベートのこととか」
「そんなの、知ってほしいからだよ。俺のこと、もっと信用してほしいと思ってるから」
至極当たり前のように、平然と言われたその台詞に、目眩がした。
俺だって、ほんとは、初めて男を受け入れるなら、身体を預けるならお前がいいと思っている。
もはや自分はノンケだと胸を張って言えないのかも知れないが、だからといって男しか愛せない、とか、そういうのとも少し違う気がした。
男が好きなんじゃない。ゲイだから、とかそんなんじゃなくて。
……他は嫌だ。考えただけでも寒気がする。
俺は、お前だけに──。
「テツヤさん……、なんか」
「……あ?」
「いや、色っぽい顔してるなあ、って、思って」
「!」
どきり、と心臓が跳ねる。
見透かされたような気がして、思いっきり顔を背けてしまい、さすがに『やばい』と思った。
そんな反応、認めているのと同じだ。
「どうしたの、急に……」
「っ、や、ちがっ、違うって……!」
「何が違うの? こんなに美味しそうな匂いさせて」
その台詞に、とてつもなく恥ずかしくなる。
もう酒のせいだと言えないくらいに体温は急上昇し、身体中の血が沸騰したみたいに煮える。
おっ、美味しそうって……。
そんな台詞、普通に生きてて言われることはまずあり得なくて、居たたまれない。
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