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ひとりでしないで

 暑くもないのに変な汗がこめかみから滲み出て、呼吸が不規則になった。 「……今度は見せてよ、テツヤさんのオナニーしてるところ」 「っだから、違ぇ……っ」  耳許で囁かれる甘い低音。望んでいたはずの、声。  気が動転し、一言返すだけで精一杯で、意地の悪い台詞にさえ、鼓膜が甘く痺れる。  いやらしい台詞、声色。  頭では、拒絶したいと本気で思ってるのに。 「ひとりでするくらいなら、俺の目の前でして」 「やっ、ぁ……誰が、んな真似っ」  押さえつけられた腕がソファに沈み込む。  隠せない動揺も、きっと赤くなった顔も。  熱っぽい視線で、真上から全部見られている。  ぞくぞくと背筋が震えた。  今でこんなじゃ、もし本当にこいつに触れられたら、俺はどうなってしまうんだろうか、とか。考えるだけで、鼓動が速くなる。 「はな、せ……っ!」 「テツヤさんなら、本気出せば抜けられるよね、このくらい」 「黙れ、いいから退けって……っ!」 「それとも、もう力抜けちゃってるとか? はやく抵抗しなきゃ知らないよ? そろそろ俺も、限界だから」 「やっ、ぁ、いやだ……っ」  かぶりを振れば、晒された頬に軽く唇が落ち、次には首筋に舌が這う。  熱く濡れた感触が久しぶりすぎて、こいつに飢えていた全身が、快楽を貪ろうとする。  ほんとは、触れてほしい。  俺に触って、もっと色々してほしくて。  それが本音だから受け流せなくて、身体はこいつを要求する。 「っ、いやだ、ほんとに、嫌なんだ、頼む、から……っ」 「……なんで、そこまで拒むの」 「……っ、」 「言えない?」  よほど泣きそうな弱々しい顔でもしていたのか、やつの動きが止まる。  俺は、俺の身体は、こいつを求めている。  心だってもう、持っていかれてる。  それでも、嘘くさい拒絶する“フリ”を、必死で取り繕うのは。 ……醜い自分を、知りたくないから。 『好きだから』なんて。  自分本意なその気持ちだけでは、伝えてはいけない。  口には、出せないから。

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