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ほとぼり
「……っ、も、やだ、退いてくれって」
「ごめん、ね。なんか、テツヤさんの前だと全然余裕ないや」
下半身に座られた身体の重みが温かい。
嬉しい言葉と苦しい気持ちに、押し潰されそうで。
お互いに張りつめた股間が当たっていて、そこだけが唯一素直で、滑稽だ。
──そんな時、場の空気を打ち消すような、携帯の電子音が鳴り響く。
俺のじゃないそれは、当然こいつのもので。
ジーンズの後ろに入れていたそれを、腰を浮かして取る。
必然的にぐり、と急所が押しつけられて、その感触にぎくりとした。
「っ、」
「……電話、仕事っぽいから出るね」
「あ、あぁ」
「……もしもし?」
電話の相手と話しながらゆっくりと俺の上から退くそいつを茫然と見つめる。
やっとの思いで身体の力を抜くことが出来、俺は内心で安堵の溜め息をついた。
「えー、それ多分俺じゃないよ。知らないなー」
起き上がり、ソファに座り直せば、やつから口パクで『カメラ』の単語。
どういう意味だ、と頭にハテナを浮かべていたら、変な顔でもしていたのか、ちょっと笑われてしまった。
「今取り込み中だから、また後でかけ直す」
「えっ、俺なら大丈夫だから……」
「はいはい、お説教はまた今度聞くから、じゃあね」
何やら電話口の向こうで怒っていたような声が聞こえたが。
仕事の用事?
それなら、何も無理して切らなくていいのに。
急な業務連絡のせいで、ほとぼりが冷めたのはお互い様のようで、隣に座られても妙な雰囲気にはならない。
むしろなんか、いつもの感じに戻っている。
俺はまだ若干ドギマギしているが、こいつの、こういう切り替えの早さはさすがと言うべきか。
「テツヤさんも知ってるよ、今の電話の相手」
「え?」
「ほら、あのカメラの子」
……あぁ。だから『カメラ』か。
もちろん覚えている。
あまり特徴的ではないが、すらりとした小綺麗な若い男。
俺を見ているというより、レンズ越しの“映像”としか捉えてない、機械的な淡々とした目をしていたから。
もう撮影なんて御免だが、あの時は、そのおかげで彼の存在が嫌だとは思わなかった。
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