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第6話

 浅香は逃げた。壁に助けを求めては弾かれるように身体をぶつけ、居間とは対面にある部屋へ入り込む。岩城は急ぎこともなく後を追う。本当に痛め付けるつもりはなかった。もしかしたら結果的にそうなってしまう可能性は否めなかったが、少し身体を弄り、舐め回し、しゃぶり尽くそうとしただけだった。畳の部屋とさらに特にカーペットの敷かれた6畳ほどの部屋があった。机がひとつ置いてある。ピンクを基調とした小物やきっちりと整頓された教科書ノート、筆記用具は埃をかぶり、長らく使われた様子がない。そのすぐ傍で壁に背を預け浅香は膝を抱えていた。ガチガチと歯を鳴らして震える姿は極寒の地にひとり放られた様を思わせる。 「ごめんなさい…っ、ごめんなさいぃ…」 「夕凪…?」  包み込むように肩を抱き、傍に屈む。凍えた腕がゆっくり、廊下とこの部屋で挟まれた古ぼけた和室を指した。怯えきり蒼白になった顔面が一度は腕と膝から上げられたが、すぐにまた埋もれてしまう。 「あそこで死んだ…首吊って死んだぁ…」  指先の示す部屋を岩城は一瞥した。 「助けて…ごめんなさいぃ…」  わっと泣き出し始め、岩城にしがみつく。 「しっかりしろ。夕凪はいい子だろう?」  ぱさついた髪を撫でながら背中を鼓動に合わせて緩やかに叩く。彼は岩城を抱き潰すように両腕を回し、服越しに爪を立てた。頭を抱く。落ち着きを取り戻すまでそうしていた。 「別れてよ…」 「別れない」 「こんなの面倒臭いだけじゃん…」  答えず、鼓動に合わせ緩慢に背を叩き続ける。浅香の放つ能天気な香りが渦巻く欲望を宥める。 「外にも行けない…仕事にも就けない…どうしてキレーなあんたと並べるんだよ…?」 「君を治療してくれる場所があるはずだ」  浅香は首を振る。振りたくり、傷んだ毛先が鑢:(やすり)のように岩城の皮膚を掠めた。 「どうせっ!そいつらだって…!」  声を荒げ、背を伸ばしたために硬めの髪が岩城の顔面にぶつかった。 「父親が母親をファックしたって?」  先に言葉を引き取れば、浅香は狼狽える。 「望んだセックスだってある」  言う相手は限られてしまうが、珍しい単語でもない。浅香ならば聞き慣れ、言い慣れてさえいそうなルックスだったが岩城の予想と偏見に反し、顔を真っ赤にした。だが照れではない。ぼかぼかと胸板を叩かれる。 「離せよ!離せ!気持ち悪い!そんなものない!」  強い力で突っ撥ねられ、煤けたカーペットに転がった。浅香は襖一枚隔てた畳の部屋に入り、だが廊下まで出ることもなくいきなり膝を着く。鈍く重い音だっため這うように隣室を覗く。 「可哀想に…」  アイロン台のような華奢なテーブルに写真立てが乗せられ、白く反射していた。入ってきた時は気付かなかったが、仏壇がある。 「可哀想に…可哀想に…っ」  うっ、うっ、と浅香は咽ぶ。哀れな姿を立ち上がりながらじっと見つめた。可愛らしい。もっと可愛がりたい。もっとさらに追い詰めたらどうなってしまうのだろう。じりじりと(にじ)り寄る。靴下越しの畳の感触が鮮明だった。 「可愛いよ、可愛いよ、夕凪…」  普通サイズより少し大判な写真立てを寂しげに眺め、眉を寄せて水晶を垂らす姿にはもう理性が吹き飛んでしまった。畳に倒し、馬乗りになる。 「いっ、何…っ、なんだ、よ!」  慌てて起き上がろうとしていたが、力任せに押さえ込む。 「夕凪、愛してるんだ。君を愛してる」  浅香は驚愕していた。少し厚手のスウェットシャツを捲り上げる。藻掻き、のたうつ腕や顔より少し白さのある腹に興奮を抑えきれなかった。欲情のままに筋肉質な若い肌に頬を擦り寄せる。 「い、や!やだ!やぁっ!」 「だめだ。君を抱く。君とセックスするんだ」 「やだ!やめ、ろ!」 「満たされない欲望に翻弄されているだけだ、君は。こんなに遊び慣れていそうなのに…」  嬉しいよ。暴れる腕の関節を支配し、荒れた手に口付ける。抵抗が弱まったのはほんの一瞬で再び激しく暴れた。 「君が錯乱するたびに抱く」 「やっ、だ!やだ!放せっ!放せっ、放せよっ!」  少し汗ばんでいる手を舐めた。岩城の下半身の下で這い出ようと必死になっている。 「気持ちいいことは、嫌いか?」 「あぎっぎぎぎっ」  浅香は突然、虫の囀りのような声を上げた。身を一直線にして硬直し、顔を赤くそめなが口を固く結んでいる。岩城は鼻を摘まんだ。数秒後には、ぷはっと、口が開く。状況を忘れてでもいるのか涙を滲ませ天井を見つめていた。 「舌を噛み切るのは楽じゃないだろう」  唾液に溢れた口内に指を挿し入れ。血が混じっていた。水飴のようだった。指を噛まれる。歯に引っ掛かりながら指を抜くと、露わになっている胸板にとろみのある唾液を塗りつけた。胸の突起を指先で転がすと、腰がぴくりと動く。両手で柔らかく掻いてやるとまた腰はぴくぴくと動いた。くるくると円を描きながら小さな乳暈(にゅううん)に押し込む。 「…っ、ぅ」  凝っていく肉粒を指の腹で捏ね、薄い粘膜もくすぐった。浅香の眉が寄り、口が「へ」の字に曲がる。 「気持ちいいか」  首が据わっていないみたいに大きく頭を振った。 「それならもう少しいじっていても構わないな」  器用に小さな2つの実を指の腹の間で磨り潰す。 「ふ…ッ、ぅ…」  膝が曲がり、両手で口を押さえる様を岩城は寒気がするほどの美貌に笑みを浮かべて見下ろした。腰部が下から岩城を弱い力で押している。 「あっ、」  尖った肉粒を優しく爪弾くと腰はがくんと大きく揺れた。声を恥じるように指が唇へ隠れていく。心地良いくらいの悪寒が岩城の身の内を駆け抜けた。 「かわいい…夕凪…」  ジーンズの上から彼がもっと愛らしく鳴く場所を掴んだ。感触を確かめる。性に関心はないくせ面白がる小学生でもないというのに珍しくもないそこを撫でる。撫でているうちに未知の、しかし必ずし自身に都合の良い何かがあるのだと信じて疑わなかった。 「ああっ!」  急所である器官を雑に扱われ、浅香は悲鳴する。体勢を変えながら少し大きめなジーンズを下着ごと摺り下げる。足が腹に入りそうになったが難無く躱した。襁褓(むつ)を換えるのと似たような図になった。口元を隠したり、目元を隠したり忙しい腕は股間を覆う。無理矢理外させると、全身が薄く赤に染まった。 「恥ずかしくないだろう?恋人なんだから」 「ぁっ」  新しい痣が散っていた。浅香を一度見遣った。潤んだ目は岩城を見ているが目が合ったわけではなかった。何も言わず、傷痕だらけで疎らな下生えに鼻先を埋める。洗剤の香りが移り、汗の匂いも少し混じっていた。きちんと覚えて、離れているの時の糧にしなければならない。脳裏に彼を据えた岩城ひとりの情事は半ば義務と化していた。毛先を噛んで引っ張った。 「い、た…っ」  痕になったままおそらくずっと消えないだろう白い薄膜をあるだけ舌でなぞった。青い痣をその上から吸う。毛が顔に触れる。自ら頬を擦り寄せ、猫たちがするように毛並みを整える。 「や、だ…も…やめ…っ」  びくびく肌は反応を示し、腰が逃げをうつ。そうするたびに押さえ込んだ。抵抗はしなくなったが拒否はまだ続いている。 「やめない」  陰茎周辺にも痣があり、器官自体はは赤くなっていた。だが欲のために色付いたものではない。苦痛の影を残した茎には触れず、小さく垂れた双玉を舌や口を使って刺激した。 「あっ…あ…」  もどかしそうな声をこぼし、身を縮こませる。気付けば肌理(きめ)細かい内腿を吸ったり舐めたりしながらかわいい、かわいいと繰り返していた。そうでもしていなければ心臓を握り潰されているような感覚から逃れられなかった。 「い、や…っ」  わずかに勃ちあがりつつある茎をひと舐めした。それからさらにその奥へ顔を沈ませた。 「な、に…なに…っ、!」  下半身を持ち上げ、本格的に襁褓(しめ)を取り替える体勢を取らせる。浅香は暴れた。這い蹲り、逃げようとする。岩城に脚に纏わりつくジーンズを掴まれたため下半身は一糸纏わぬまま、和室を這った。 「夕凪、君は本当にかわいいな。俺の赤ちゃんになるか?」  浅香を捕まえる。 「ぃや、だ!放せ…っなんでっ…」  尻たぶを撫でながら開いた。窄まりへ口付ける。 「やだぁあっ」  畳に爪を立て、押さえられた臀部以外は力が入らないらしく上半身は傾き、下半身を突き出した格好になっていた。窄まりを舌が掠め、皺だらけのそこがきゅっとひくついた。 「そんな…ぁ、あ…」  閉じた(しべ)の機嫌を窺いながら尖らせた舌先を捩じ込んでみる。まだ硬く、輪状の筋肉は侵入を拒む。 「気持ち、悪い…」  蕾と双珠の間、会陰にも濡れた愛撫を施した。大きくひくりとこれから繋がる場所が蠢く。蟻の門渡りを舌先で突かれるのが好きらしい。 「も…い、や、だ…っ」 「痛くてもいいのか」 「はや、く…終わら、せろよ…っ!」  岩城は顔色を窺いながらまだ十分に解れていない後孔へ指を突き入れた。 「あうっぅぐっ」  浅香は首を反らした。肩で息をして、耐える。 「抜け!抜けぇ、抜けよ!」  岩城の肉体もまた若く、散々焦らされ、もう止められなかった。自ら聳り勃つ怒張を出すと、突き入れた指と入れ違いに挿入した。括約筋は侵入を拒む。 「いっだぃ、あっ、あぐぅぅ…っ!」 「あぁ…っ」  浅香の身体に入っている。高い体温が敏感な器官を痛々しいまでに固く包み込んでいる。激しい喜びが伝わる痛みを大きく上回った。狭い孔を広げられ、内臓を押し上げられる苦痛に吼えている肉体を抱き締める。背に何度も頬擦りした。根元を強く握られているような圧迫をもろともせず、射精してしまいそうだった。代わりに感嘆の声が口腔を突き抜ける。妄想ですらも果たせなかった。 「夕凪…」 「あっぅ、い、ったぃ、いだ…っ」  痛い、痛い。胸が跳ねるような息をして浅香は痛みを訴える。真っ二つに身を裂かれるような衝撃に耐えている姿に岩城は涙が溢れるほどに感銘を受けた。 「素敵だ、夕凪…かわいいよ。かわいい…」 「うご、くなァ…ぁ、」  鮮血が花弁を散らし放題散らした内股を控えめに滴っていく。他と比べて白く、幼いまでの柔肌に真っ赤なひと雫が垂れていく様に激しく燃え上がる欲を覚え、腰を揺すった。 「やだ、痛い、いだいぃっ、ぃいい、」 「すまない、夕凪…」  熱い息を吐いて岩城は抽送をはじめた。硬い蕾が捩れながらぎちぎちの楔を受け入れては歪み、そして放す。 「や、やぁっあぁああ…!」 「夕凪…夕凪…」  悲鳴も嬌声もそう変わらなく感じられるほど頭は熱に浮かされた。汗ばんだ掌が引き締まり、顔や手と比べるとまだ白い肌の上を滑る。ぱん、ぱん、と手叩きに似た音が岩城を鼓舞し、浅香を追い詰める。 「助けて……いだぃい…たす、け…て、」  畳の上を両腕だけで這おうとする姿の情けなさ、哀れさ、ひ弱さに脳味噌が沸騰する危惧を微かに覚えてしまうほどの劣情を催す。 「あっ、いだ、いやッうっあっあっアアああ!」  激しい揺さぶりと肉の衝突。まるで相討ちを望むかのように千切れそうなほど浅香のそこは岩城を食い締め、赤く腫れた蕾自体も苦しんでいる。萎えた彼の前が前後に揺れ、可愛らしさに切なく胸が痛んだが、それすらも下腹部の心地よい痺れを助長するだけのものだった。 「夕凪、中に出す。受け止めて、くれるか…?」  熱砂の中にいる気分だった。喉はからからに渇き、声は掠れていた。しかし身体中は蒸れている。 「やめ、て!それだけはっ、やだ、やだ!やだ!」  浅香は岩城の下半身から逃れようと必死だった。拒否と嫌悪に狂乱している。 「かわいい……で、も…ぁっ、イく…ッ」 「やだぁっ、妊娠しちゃう!妊娠しちゃうから!妊娠しちゃうゥぅぁああっ!」  力強く密着した。外に聞こえるほど浅香は叫んだ。興奮に興奮が重なって、浅香の妊娠を望んだほどだった。驚きも否定の念も浮かばなかった。好いた者を孕ませたいという欲望しかなかった。痛みはあったがどこか他人事で、突き抜ける激烈的な快感に戦慄した。一波に視界が明滅している間は動けなかった。精を送る脈動を感じる。まだ残りの快感を拾おうとゆっくり腰を引いて、体内に子種を塗り込む。嵐の後の静けさだった。後孔から茎を抜く。小さく盛り上がる輪状の筋肉が収縮し、血は止まっていたが代わりに白く濁った液を溢した。浅香は黙ったきりで、岩城の支えを失うとぐったりと倒れてしまった。血の気が失せている。唇は白く、震えていた。衣服を正そうともせず、目は倒れた写真立て一点を捉えていた。爪が指から浮き、血の滲んだ左腕が畳を擦って仏壇の方へ向かおうとする。しかし他の殆どの部位がその腕へついて行けなかった。その様をみながら息を整える。 「夕凪…」 「たす、けて……助けて…遊波(ゆあ)…」  指の何本かを血塗れにした手が、無邪気に蝶と戯れる嬰児を思わせながら、仏壇前に転がった写真立てへ宙を掻く。 「夕凪?」  快感の余韻に浸りながら服を直した岩城が、浅香の世話をする前に奇態を晒す彼を覗いた。水膜が張り、頬を押し潰す畳へ吸い寄せられ、静かに眦や目尻を伝っていく。岩城などまるで存在していなかった。ただ、倒れたために持ち上がった写真立ての裏側スタンド部分と宗教的意味合いの強い花が彫り込まれた仏壇下部を凝視している。 「ごめんなさい……ごめん…許して、許して…」  それだけしか言えないみたいだった。何者かの名を混ぜ、許しを乞う。下半身は外気に晒したままだというのに全く気にする素振(そぶ)りがなかった。それは滑稽にも珍妙にもみえたが、却ってひどく強姦の痕を生々しくした。浅香の腹の奥がぐるぐるとなり、その数十秒後には嘔吐(えづ)いて胃酸を畳へ散らした。だかそれにも気付かないらしかった。許して、助けて、ごめんを繰り返し、時折誰かの名を呼ぶだけだった。その弱々しくもある種神々しい姿に再び、激しい淫欲の炎が灯った。  勤めが休みの日は恋人の家には寄らなかった。熾烈な陵辱から2日間、自宅アパートで現実から逃げるように眠り、夢ではないのだと思っては今までの淡白さの反動ともいえるほどの自慰に耽り、彼の家の前に身を潜めると彼が玄関掃除や買い物へ行く姿を確認するのだった。酒と、わずかな食料と生活用品。他にドラッグストアの袋を持っていたのが気にはなったが不透明で分からなかった。店まで付いていけばよかったが、そこまで上手く身を隠せる自信はなかった。生存確認の後はその新鮮な光景を消費した。性欲が何倍にも増している気がした。量が少なくなり、色も薄くなった何度目かの精液をティッシュで受け止める。虚脱感はあったがまだ足らない、まだ足らないと底無しの希求に応えようとしてしまう。明日には会える。朝、彼の状況を確認してそれから喫茶アネモネに行くことにした。浅香は不規則ではあったが大体、朝には新聞を郵便ポストへ取りに来ることは把握済みだった。脚の間の不満な果実がまた疼いた。朝に目にする可憐な姿は毒で、勤務先で淫情を催してしまったらと考えと賢明ではなかった。ある意味で浅香が来店しなくなったことは救いでもあった。  朝に浅香の家の前をそれとなく通ったものの、まだポストには新聞が挿さったままだった。待ってはみたが勤務時間が迫り、断念した。言い寄られ、褒めそやされながら客をあしらい、仕事をこなす。本気にせよ冗談にせよ岩城を指名する客が何人かいたり、集団となると厄介だった。今日は時々来ては決まってアイスコーヒーとマスタードの効いたベーコントマトのサンドウィッチを頼む業界人に再びスカウトを受けた。勤務を終え、浅香の家へと向かった。磨りガラスの特に明るい色味の服を着た人影が映る。確認もせず玄関を開ける様に不安を煽られた。小言を吐き出しそうになったが、潤んだ目が岩城を迎えたために呑み込んでしまった。浅香は岩城をぼんやりと見つめ、互いに数秒の間静止した。 「泣いているのか?」  潤んではいるが涙が張っているわけではなかった。頬が赤らんで肩で息をしている。浅香はやっと言葉を発した岩城をまだぼんやりと捉え、しかしそれは岩城を見ているというよりはただ視界に入れているという感じだった。 「夕凪」 「ぅ…ん、え?」  空返事の後に、我に返ったらしかった。思い出したように岩城を中へ通した。居間のソファで我が家のように寛いだ。浅香はぽけっ…としながらダイニングチェアの背凭れを抱きながら天井を仰いでいた。 「大丈夫か?酔っているんじゃないだろうな?薬は?」 「飲んでないよ」  ひどく甘えた声で返され目を見張った。 「おいで」  ゆっくり視線が下がり、岩城へ短な時間だが眼差しを向けるとのろのろ近付いた。真っ直ぐ歩けてはいるがふらふらしている。岩城からも身を乗り出し、手を取るとソファへ共に崩れる。自重(じじゅう)を支えようとしない若い身体がのし掛かった。無抵抗のまま岩城へ擦り寄る。紅潮した頬と潤んだ目に挑まれているみたいだった。 「熱があるんだろう。風邪か」  前髪の下へ手をくぐらせた。額に触れた。それから耳朶へ滑らせる。 「気持ちいい…」  呟いて彼は自身の耳元にある岩城の手を取り、赤く染まっている顔へ当てた。目蓋を閉じて柔らかな肉感を他人の掌へ押し付ける。あまり保湿に頓着せず、本のページばかりを相手にしている冷たい手だった。ぬるつくのが不快でハンドクリームを塗ることもない。ただ目の前の脆い若者を想って夢想に昂ぶる時だけ熱く湿る。 「俺の手が、そんなに気持ちいいのか」  額や頬に当て、眉が困ったように寄りながら少し荒い鼻息をしていた。 「う、ん…」  甘ったるい声で返事をしながら頷く。健気な仕草に心臓を射抜かれる。 「もっと、気持ちよくなるか?」 「うん…」  深く考えてはいないようだった。首ががくんと縦に揺れる。しかし彼は確かに同意を示していた。岩城の冷たい掌に夢中で、頬擦りしている。 「じゃあ、ほら…」  浅香をソファに座らせ、背凭れと彼の背中の間に腕を挟んだ。肩を抱いて並んで座る。潤んだ目が床でも足元でもないどこかを凝視している。カーゴパンツに手を伸ばし、前を寛げた。衣服どころか下半身を触られているというのに抗うことはなく、疲れたように岩城の肩へ頭を傾け、そのうち上体ごと預けてきた。 「夕凪…?」 「うん…」  相変わらず返事というよりただ反応しているだけといったふうだった。互いの布を隔て、筋肉質な彼の熱さばかりが伝わった。魚は人に触られると火傷をする、というフレーズの意味がやっと分かった気がした。魚になった気分で、このまま重なった箇所が化膿してももう構わなかった。あまりに無防備で、しかし媚びるような甘えた態度をみせられ今更引くことのほうが恐ろしく感じられる。 「いい…?」 「ぅ、ん」  少しだけ張りのある下着を撫でた。 「最近ひとりでしてるのか」 「してない…」 「ちゃんと抜かないと身体に毒だ」  何度かまだ小さな膨らみを下着の上から労り、ゴムへと手を入れる。 「でも…」  ふにゃふにゃとはっきりしない。 「怖いから…」  疎らな毛を撫でる。ここに可愛らしい犬を飼っているつもりで。腰がぴくりと動いた。 「怖い…?」 「うん…」 「じゃあ今度から、俺が一緒にいるから。自分でやれるか」  傷んだ髪に鼻先を埋める。焦らされながら上っていく体温に燃え滾りそうだ。 「でも、こ、わい…」 「そうか。ちゃんと答えられてえらいな。俺がするから、いっぱい気持ちよくなろうな」  浅香は眠そうに屎瞬いて、また同じように緩慢な首肯をした。肋骨を突き破って心臓が飛び出そうなほどに気を揉んだ。鼓動の激しさに身が持たない。 「触るよ。痛かったら言うんだ。ゆっくりするから」  下着を腿まで下ろす。わずかながらに起き上がっている茎をなぞっていく。陰茎に白く浮かぶ妙な凹凸は彼の自傷行為の痕だった。 「ぅ…ん、…」  項垂れて震えている。熱い息が抜けていった。敏感な器官にある薄膜を強く刺激しないように気を付けながら弱く擦っていく。少し不規則な手淫に集中しなければならず、あまり彼を見ている余裕はなかった。 「あ…ぁっ」  彼は声を押し殺して咽び泣いているような吐息を漏らす。その原因である茎は芯を持ちはじめむくむくと岩城の手の中で育つ。先端部から滲む蜜を掬い、潤滑をよくする。傷跡の上をなめらかに通り、傷の少ない根元を集中的に扱いた。 「あっ、あ…っ」 「感じやすいのか?気持ちいい…?」  技量に自信はなかった。そのうえ淡い色の皮膚に留意しなければならなかった。胸が熱くなり、猫撫で声で問う。浅香はこくりこくりと頷いた。 「きも、ちぃ…、きもち…い…」  腰が揺れていた。ソファの座面が小さく摩擦する。生唾が止まらなかった。さらに気持ち良くし果てたさせたい思いと、まだ快感に溺れさせていたい思いがあった。 「きもちぃ……ぅん、ぁっ」  陰部は擦り続けるたびに水気を帯びた。意地悪く音を止めると岩城の筒状の掌を自ら穿った。 「きもちい、い…気持ちいい…っ」  腰を浮かばせ、両手で口元を押さえて彼は繰り返した。空いた手で彼の両手を外させた。簡単に両手は退いたが岩城の冷たく乾いた手を掴み、唇へ運んだ。さらさらとした唾液と温かい口内に包まれる。岩城の節くれだった人差し指と中指を吸った。ちゅぱちゅぱと吸着音が派手だった。 「夕凪?」 「ぅんン…っんっん…」  上からも下からも水気の多い音がした。2本の指の間に舌を割り込ませて、喉奥に吸われる。下唇が指の内側を短く往復した。 「夕凪」

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