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第8話

 コーラと、タマネギ抜かれたホットドッグ、ラブベリーのパンケーキ、フィッシュアンドチップスのタルタルソース抜き、デミグラスソースのチキンライスオムレツ。食が細そうな見た目の割りによく食べた。注文した全品を綺麗に平らげ、その仕草や姿勢は陰気ながらも素行不良のような捻くれた感じを覆す、育ちの良さを窺わせた。空いた皿を下げたり、減った水を足したり、そうでなくても不自然に岩城は例の男の席に近付いたが自覚はなかった。強気な印象はありつつも、実際の眠気の有無にかかわらず眠たげな目がちらちらと岩城を気にした。そのうち頬杖をついて岩城を目で追い、コーラの残りを吸った。手を挙げて店員を呼ぶがその相手は岩城とは別の者を望んでいるようだった。厨房のカウンター近辺に控える後輩が岩城へ目で問い、簡潔なジェスチャーで自分が行くと表した。岩城が来るのだと悟ったらしい若い男は自然体を装いながらもぎこちなくホールとは反対の方向へ頬杖ついた。決まりきった文句を述べて注文を伺う。 「えーっと、この、チョコバナナサンデー。アイスは…抹茶」  メニュー表を指してぶっきらぼうに男は言った。ふと随分前に浅香が来店した時、彼は付け合わせのアイスにバニラを頼んだことを思い出してわずかな悦に浸った。かしこまりました。普段の調子を装いながらもいくらか声が上擦った。男はチョコバナナサンデーの後にホイップクリームを浮かべたビターココアを頼むと退店した。支払いは後輩がやった。面と向かって近付く気にはなれなかった。もしそうなれば平静を保っていられないことが分かっていた。勤務時間には相応しくない言動を取りかねない。浅香の家には、商店街を出て少し歩いた駅前のケーキ屋に寄ってから訪れた。恋人は出迎えず、勝手に上がった。家の中はどこも真っ暗でリビングにも照明は点いていなかった。シャワーの音から、どうやら風呂場にいるらしかった。浴室の扉越しにでも声を掛けようと思ったが、台所から脱衣所は丸見えだった。しかしそこもやはり照明が点いていないために薄暗かった。 「夕凪?」  脱衣所を覗く。磨りガラスの奥に動きはない。シャワーの音が響き、水色のタイルの中にレモンイエローの塊がモザイク処理され、よく目立っていた。岩城は慌てて磨りガラスを破った。赤く染まった湯がバスタブから溢れていた。そこに片腕を入れ、浅香はぐったりしている。酒の匂いが充満し、開けたところから抜けて行く感じがあった。空気だけで酔いそうで岩城はシャワーを止めてから窓を開けた。 「夕凪、夕凪!しっかりしろ!」  肩を揺する。躊躇いはあったが救急車を呼ぶしかなかった。あの中年男はどこにいるのだろう。土気色の頬を叩いた。気はすっかり動転し、正しい判断もつかなかった。傷のある腕を風呂から引き上げた。血は止まっている。バスタブから溢れた微温(ぬるま)湯が岩城の衣服を濡らした。 「夕凪…!」  脱衣所まで運ぶが、力の抜けた肉体は容易にはいかなかった。呼吸はある。水分で大きく色を変えた服とパンツを脱がし、丸く畳まれた厚手のタオルと自身の上着を掛けた。だがいてもたってもいられず、冷えた恋人を腕の中に収め、体温を与える。 「夕凪、夕凪…!」  救急車を呼ぶか。開かれた脱衣所の扉の向こうに四つ這いの男が姿を見せた。騒ぎに気付いて出てきたらしかったが、離れたところでただ視線を送っているだけだった。どこか喜楽を含んだ目の色で、それが岩城に氷水をぶちまけたも同然だった。 「呼びませんよ、救急車は」  色を失った唇に熱を注ぐ。四つ這いの中年男へ睨めば、露出し無機物を挿入したままガムテープで固定された臀部を見せて帰っていった。 「夕凪…」  内心は不安でいっぱいだった。然るべき処置をしなければならないだろう。 「好きだ…夕凪。愛してるんだ。1日中君のことが頭から離れない…俺を置いていくな」  湿った髪を梳く。彼の匂いには何度も恋してしまう。焦りと緊迫、喪失感と躊躇が元来寡黙な男を多弁にした。端末に何度も手を伸ばしかけ、考えてはまたタオル越しの恋人へ戻った。 「好き過ぎてつらいんだ。俺の人生は君と出会ってから始まった…夕凪…頼む、目を覚ましてくれ…」  傷んだ髪のかかる耳元へ口を寄せた。不謹慎なほどの興奮が鼻腔をくすぐる。硬い毛先に顔を埋める。湧き立つ想いが(とど)まることを知らない。日の光に似ている。胸が痛んでは疼き、治りかけ痺れては炎症を起こしたみたいに張り裂けそうになる。(たち)が悪かった。彼で心臓を病んでしまいそうになる。注文を選んでいた間は2人きりの世界になることを望んだ。何故あのメニュー表になれないのかと思った。呼び止められただけで息が詰まる。ご馳走さまでした、と彼の声が届いたただけでその日が素敵なものへと変わった。彼を好きになるそれらしい理由はない。理屈にならなかった。経験にもなかった。気付いた時には意識を絡め取られていた。「リョウちゃん」には渡さない。渡せない。渡したくない。その時は。 「う、ん…」  彼は小さく息を漏らすと腕の中で体勢を変え、岩城の胸へ額を押し付けた。鼓動が速くなる。肋骨を突き破ってこの正体が現れてしまいそうだった。痛みと倒錯した快感。強く抱き締める。寒いらしかった。 「愛してる…愛させてくれ…」  何度も彼の髪を啄ばんだ。  怪物だな、と思った。酒の匂いが部屋に流れ込んでいく。ベッドが軋み、彼の裸体がリズミカルに揺れた。ベッドカバーには皺が寄っていた。腰を進めるたび強いアルコールを帯びた息が吐かれる。愛していると言う割に、身勝手な欲望を抑えきれず岩城は眠る恋人を犯した。何度目になるかも分からない腸内射精に下肢が情けなく戦慄した。極限を迎えたときの快感は衰えない。頭がおかしくなりそうだった。このまま一生、ただ恋人を陵辱だけしていたい。普段より冷めた彼の体内が馴染んだ。白濁が男性器の形状と律動によって共に掻き出され、その様がまた強姦魔を昂らせる。彼はまだ眠ったままで傷に包帯を巻かれただけだった。全裸に包帯という姿に、一度は治まる岩城の淫欲を膨れ上がる。体温が下がらないように何度も彼を抱き締め、楔を打ち付ける。病的な空気を纏って眠る健やかな青年の茎が芯を持って前後に揺れた。 「…ッ、」  腹の奥が苦しくなる。精液を飛ばす力はとうに失われた。だが懲りずに彼の腸へ雄を進めて引いた。裸体の恋人は引き付けを起こし、濃い精を垂らした。茎を流れ、粘り気を持って傷だらけの疎らな草叢へ滴る視覚情報が肉体に追い付かない希求を(はぐく)み、頭の中を殴打する。 「う、ん…ンぅ、」  息苦しそうに恋人は呻いて、ゆっくりと目を開いた。ぼんやりして少しの間瞳は天井へ釘付けだった。つらそうに眉を歪めて、ゆっくりと岩城の気配や、身体の違和感を認めたらしい。一瞬だけひどく怯えた顔をした。ぶるりと悪寒が走ったのも、岩城は内部に入り込んでいるためか敏く気付いた。 「夕凪…?」  頭痛でもするのか堪えるように顔を顰めて上体を起こす。顔色は非常に悪かった。 「岩表さん…」  彼は岩城へ弱々しく手を伸ばした。冷たい手同士が出会った。 「夕凪…」  不安定な身を抱き寄せる。衣類もなく土気色の青年は少し萎んでみえた。 「あ、ぁっ…」  挿入の角度が変わり、彼は苦しんだ。 「夕凪、好きだよ」 「オ、レも…あっ、」  弱々しく言った彼の唇を吸った。白く乾いた唇が色付いた。アルコールの吐息だけで酔いそうだった。深まっていく接吻が酒気を上回った。 「んぁ…っ、ふ…ン、」 「はっ…ぁ、」  彼に触れたところから痺れていく。後頭部を撫でながら、甘い蜜が巻き付く舌から伝わった。柔らかく食んで、吸い付く。力が抜けた恋人を腕と胸に挟んで支えた。 「好き、好き…」  しがみついて彼は何度も繰り返した。放っておこうとした問題が気になった。今すぐに解決か決着せねばこれよりも高みには行けない、まだ彼との狂おしいまでの愛楽の境地に達せそうになかった。 「夕凪…俺が好き?」 「好き…岩明さ…、好き…」  (とろ)んだ声で言った。新しい単語を覚えるみたいに復唱する。 「俺と"リョウちゃん"と、どっちが好きなんだ?」  眠そうな彼の大きな目が見開いた。ぶれた瞳が岩城を捉える。硬直し、口を半開きにして荒く息をしていた。そのうち、ぽろりと涙を一粒落とした。 「選んで。俺を選んでくれるなら、もう"リョウちゃん"には会うな。二度と。俺の前で絶縁してくれ。"リョウちゃん"を選ぶなら、俺はもう君の前には現れないよ。ただ君とのことを話したくなって…うっかり…お父さんと妹さんのこと、話してしまうかも知れないな」  浅香は荒々しい呼吸をしながら目を閉じ、項垂れる。 「岩方さん…」 「夕凪。俺を選んでくれるのか?」 「…誤解してる…リョウちゃんは、そんなんじゃ…」  恋人の顎を掬った。色付いてすぐにまた白くなりひび割れた唇を親指でなぞった。カサついた感触も彼のものならばすべて肌に馴染む。 「他の男の名前なんて聞きたくないな」  もう一粒、ぼろりと涙が落ちる。美しさに舌が伸びた。彼の肌に残る光すらも手に入れたかった。肩を大きく上下させ、水膜の張った強気な眼差しに射抜かれる。 「可哀想だったな、妹さんは。君も使っちゃったんだ。可哀想に…助けてくれるはずのお兄ちゃんが、まさか…ね。気持ちヨカったか?父親に犯される妹でするのは?」 「い、や…だ、その話は…す、るな…」 「"リョウちゃん"とは長い付き合いなんだろう?知ってるのか?話した?案外カレも、同じことをしたんじゃないか。恥ずかしいことじゃない。女が犯されている姿を見たんだ。男なら仕方がないさ」  浅香は頭を振り乱す。わずかに動くと、内部の人間に気付いたらしく岩城を涙に満ちた瞳で見上げた。 「女じゃない!妹なんだよ…妹なんだよ…!」 「変わらない。妹だって女は女だ。雌だよ。男と交尾し、身籠ることしか考えてない。俺たち男は、君のお父さんは、その願望を叶えてやっただけだ。そして君はその本能を呼び起こされて、擬似的に満たしただけだろう。一体何をそんなに怯えることがある?」 「やめ、ろ!違う!そんなわけ…っ」  生温い掌が岩城の口元を押さえた。簡単に外せる。手首を掴んで、執拗に口付けた。 「結局どんな崇高な理念を掲げようと、どんな罪悪感を背負っていようと、肉体は動物なんだ。遺伝子を残さないことこそが罪悪だ。たとえどんなひ弱な子供が産まれたとしてもな、身体は満足するんだろうよ。泣かないで。君にそんな役目を背負わせる森羅万象が憎いな。君に父親さえいなければ、妹さえいなければよかったんだ。母親の欲望さえなければ…君は阻まなければならなかった、両親の愛欲を。幼い頃に断ち切ってやるべきだった、妹に降りかかる悲劇を。じゃあやっぱり、君のせいだ。君が妹さんを自殺に追い込んだんだ。間違いなく、君が殺した」  目の前で始まる低くこもった嗚咽が心地良かった。 「そんな君を、まだほんのちょっと大人になったくらいのあのお友達が愛してくれるのかな。今日店に来たんだ。何かカレに話したのか、俺のことを?見た目はそれなりにヤンチャしてそうだが、なかなか育ちの良さそうな子だったな。そんな男が、君みたいな野良犬をどう思ってるっていうつもりなんだ?妹の苦痛を快楽にしちまった淫乱な君を?想ってくれるわけか?腹の底にバケモノを飼ってる君を?好いてくれるのか?妹をみすみす見殺した君を?受け入れてくれるのか?結局は娘を強姦した父親と変わらない君を?愛してくれるのか?妹に自分を重ねて興奮している君を?傍にいてくれるわけか?カレは」  落涙が俄雨と化す。岩城は恋人を抱き締め直す。 「俺なら君をすべて理解したうえで一緒に居られる…愛してるんだ。傍にいてほしい。離れるな。君のことしか考えられない。だから俺を、ひとりにするな。俺を選べ。カレとは決別するんだ」  浅香は違う、違う、と繰り返した。泣き叫んで、岩城を突き放そうとする。だが叶わず、さらに強く腕が回る。 「寒いのか、可哀想に…」  胸が踊った。互いの鼓動の違いを感じた。腰を動かす。あと一度だけならば果てられそうだった。 「ぅあっ、あ…あ、」  彼は体調不良を露わにして掠れた声で鳴く。何度も注ぎ込んだ変色した精を結合部に感じた。 「君に子供なんて出来たら、きっと嫉妬に狂って殺してしまうよ」  喚く彼の腹の中を貪って、力強く掻き抱くと奥の奥へ薄い子種を滲ませた。やがて恋人は腹部を轟かせて嘔吐した。  対峙する2人の話を聞いていた。一方的に"リョウちゃん"が喋っていた。喫茶店で見た辛気臭さはなかった。チーズケーキを美味い美味いと言っているのが聞こえた。浅香は最初にチーズケーキを恋人が買ってきたことを告げ、多少そのことに気の悪さをこぼしながらも驚く様子もなかった。浅香は不安げに喫茶店アネモネに行ったことを問うた。あっけらかんとして男は肯定した。めちゃくちゃ綺麗な人だった、多分その人だろ?と沈鬱さを持っていながらすっかりそれを消し飛ばした若い男は答えた。 姿は見えなかった。声もなく首を縦か横に振ったらしい。 「話が、あるんだ」 「まさかチーズケーキ食わせてもらい来たワケじゃねぇよ」  根暗な印象は拭えないくせ、軽やかな笑い声が耳に届いた。 「会うの、これが最後に…なるかもしんない」 「なんで?どっか行くのか」  間が空いた。食器の音が微かに聞こえる。 「リョウちゃん…えっと…ちょっと重い話して、ごめん。妹の、ことなんだけど」 「ああ」  幾分、気鬱げな青年の声は低くなった。だがまだ岩城へ意外性を植え付けた外観に見合わない朗らかさを帯びている。 「自殺って、言ったじゃん…」 「…聞いたな」  岩城は息を忘れた。隠れていた壁に背をあずけ胸元に手を当てる。 「オレが、殺したんだと思う」 「は?」  間の抜けた声を上げた。華奢な金属がぶつかる物音がさらに滑稽にさせた。 「オレが、妹、殺したんだと、思う…」 「なんで?は?っつーか、え?」  キッチンテーブルが軋む。岩城はリビングに入るか否か思案した。話が違う。ただ絶縁しろとしか言っていない。 「妹を殺した、んだよ。妊娠してて、妊娠…妊娠して…オレの子…?違う…誰…、親父…?」 「夕凪?何言ってんだ?」  壊れてしまう。岩城はリビングへ姿を出した。陰険さのある若い男は振り向いて、浅香によく似た驚きの表情を晒す。背伸びをした子供同然の男は咥えていた金色の小さなフォークを口から外した。浅香もまた岩城の登場に肝を潰す。 「待って…待って…岩橋さん…待って…」  両腕で頭を抱える浅香は哀れで、湿っぽい男のことなど放り、すぐさま恋人の傍に近付く。2人分のチーズケーキが気無精な若者の席に寄せられていた。 「落ち着くんだ。落ち着こうな」  包み込むと、慕情を急き立てる彼の香りが広がる。あの男が勘違いしてしまう。己が身で蓋をしようと試みる。 「こんちは。初めましてじゃねぇッスよね。夕凪から聞いてんですかね。一応、宇賀神(うがじん)李桜(りょう)ッス」 「そうでしたか。どうも物覚えが悪くて忘れてしまいました。すみませんね。僕は岩城 雪々(せつな)と申します」  勤務時間ともなれば1日に何百人もの顔を見ていて、さらには個人を特定するほど長く凝視も出来ない。特に失礼とも、無理な言い訳とも思えなかった。名乗る必要性も感じられなかった。もう会わないのだ。そして会わせない。だが相手が名乗ってしまった以上、省略するのは気が咎めた。 「ああ、なるほど。貴方が夕凪のご友人の、"リョウちゃん"だったんですね。チョコレートケーキ、美味しかったですよ。ね?夕凪…」  浅香は胸を激しく膨らませては凹ませ、俯いていたが、投げやりに頷いた。 「そりゃよかった」  社交辞令と割り切っているらしく宇賀神は嫌味ったらしい笑みを浮かべた。どう食べられたのかもこの男が知る(よし)はない。岩城を観察するように眺めると、宇賀神の少し吊り気味の目は浅香へ戻った。その後はもう一切この男は岩城を見なかった。 「夕凪。大丈夫か?また日ぃ改めて来ようか」  岩城の腕の中で浅香は狂乱の兆しをみせながら首を振る。 「ご、めん…ごめ、んリョウちゃん…」 「いんや、気にすんな。お前はちょっとさ、なんつーか、古傷何度もなぞるタイプだろ?昔っから。その痛みの正体が知りたいだけなんだ。気にすんなよ、その興味は人間の防衛本能みたいなもんなんだから。何度も何度も瘡蓋剥がす真似、やめとけ」  宇賀神は浅香へ悪戯っぽく笑いかける。 「う、ん…」 「不安と恐怖が気持ち良くなっちまったらやべぇって。ホラー研究会でも作っか?定期的に集まって、ホラー映画観ながらピザ食おう」 「う…ん…」  話が違う。話が違うではないか。話が違っている。岩城は浅香を少し強く抱き締め、存在を主張する。 「リョウちゃ…そんで…まだ、話があって…」 「もう会えないかもって話かよ?」 「そ、う…」  宇賀神は呑気に2つ目のチーズケーキをフォークで細かく切っていた。この根暗を呼ぶ間際に何か買ってくると言い出した浅香へ差し出した物だ。人の家でなければ皿もフォークも無しに片手で食べていたのではないかと思ってしまう大雑把さを漂わせていながら、その動作はやはり品があった。 「詳しくは聞かねぇよ。お前説明、昔っから下手っぴだもんな。まぁ元の暮らしに戻るって感じだし、むしろ地元(こっち)に居るのが非日常ってもんだし。傍にいるのだけが親友(ダチ)ってワケじゃねぇもんな。それは忘れんなよ」  拗ねた調子もなく、卑屈になることもなく、からからと快活に笑った。そこに憂いはなかった。浅香は姿勢を正し、腿に爪を立てていた。パンツを引っ掻いているらしいのが小さく岩城にも聞こえた。 「連絡先は?消すか?」  積極的に宇賀神は端末を出す。素早くパスコードを解き、連絡先の登録画面を開いた。 「リョウちゃ…ん…」 「報せがねぇのが何よりの便りっていうしな。世界は広ぇケド、空はひとつだ。人生も一回きり。お前みたいな親友(ダチ)持てて楽しかった…っつーとマジでお別れみたいだな。でもこれも、忘れんな。ひとつの区切りだ。見とけよ」  宇賀神は寡黙げな外見に反し、よく喋った。浅香へ画面を見せながら消去ボタンを押す。浅香の名が登録から消えた。甘いな、と思った。 「金輪際、夕凪とは会わないでほしい」  岩城から言った。宇賀神はやっと浅香に纏わりつく美青年を見上げる。 「了解(りょーかい)。夕凪に迷惑(メーワク)はかけねぇよ」  チーズケーキの最後の一切れに金色のフォークが刺さり、口に運ばれる。喧嘩を売られているに等しかった。足りない。このつまらない男を打ちのめすには圧倒的に足らなかった。 「待ってください、宇賀神さん。夕凪がどんなに俺に愛されているか、ご親友として不安でしょう」 「…いいえ?」  飄々と返される。何か予感でもしているのか、目を逸らされた。 「見ていってください。俺と夕凪の愛を」 「い、岩渕さ…っ」  嫌がる唇を塞いだ。据わった眼差しの前で。 「そういうコトは、2人きりン時にしたらどっスか。帰るわ。チーズケーキ美味かった」 「リョ…ちゃ、ぁっ」  構わず続けさせた。甘く舌を噛まれ、口付けを解こうとしていた。 「怒ってねぇよ。大丈夫。酒飲み過ぎんなよ。ちゃんと家で、布団かけて寝ろ。たまには自炊しろよ、料理上手いんだから」  大した動揺もなかった。互いをよく知り合った夫婦の不仲が理由というわけでもない破局に似ていた。 「リョウ、ちゃ…ふ、ぁあ、」  キスでも感じるようになった浅香を掌握するのは容易だった。恋人が他の者を見ないように頭を固定する。玄関扉の軋みが二度、隙間なくリビングへ届いた。 「寂しいのか?でも俺がいるだろう?ずっと傍に…ほら、抱いてあげる」 「い、やだ……っう、ぅう…岩崎さ……愛、してる…」  泣きながら彼は言った。縋り付いた手が岩城の前を寛げ、少しずつ上手くなっている口淫に熱く息を吐く。 「好き…岩倉さ……好き、ずっと…傍にいて…」  顎から岩城の放った精液垂らして彼はぼんやりと言った。またむくむくと膨張する茎を口腔と喉で至極。ぬるついて柔らかいくせ、よく締まる内膜が火花が散るような快感を呼んで、舌の表面で射精した。蠕動(ぜんどう)して塗り付ける。連日の放精で勢いは弱い。赤い顔をして浅香は恋人の体液を飲み込んだ。待ち望んだ挿入は、誘い込み惑わす内壁のうねりに腰部の往復が止まらなかった。

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