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第4話 始まり.3
「んっ..。」
寒い..。
ぶるっと体が身震える。
それが寒さのせいなのか、それとも背中がぞわぞわするような悪寒なのか分からない。
目をゆっくり開ける。
周りを見渡すと暗くて何も見えなかった。
ここ、何処だ..?
自分が何故、眠っていたのかも分からない。
体を動かそうとすると、あることに気づく。
手と足が、それぞれ背中の後ろに紐で縛られていた。
初めて自分が誰かに監禁されているということが分かった。
その時、バチッと音がして周りが一瞬で明るくなる。
突然のことに頭が追い付かない。
ようやく目が慣れて開けれるようになると、
「おはようございます。市川先生。」
目の前にいたのは、確か東藤とかいうさっきの医者。
「..どういうことだ。」
恐らく俺を監禁したのはこの男だろう。
「やだなぁ。そんな怖い目で睨まないで下さいよ。」
「..」
へらへらっとしている東藤にイライラしてくる。
「ーー今から痛い目みるかもしれないってのに、随分と冷静なことで。」
「は..?」
初めて余裕のない顔になったのが、自分でも分かった。
「俺、ね。ずっと前から先生のそういう余裕ないとこ見たかったんですよ。いつも余裕ぶった顔して、まさかあんな秘密を隠しているなんて..。」
秘密..?
「まさかあの先生が....、ゲイだったなんて。」
驚きで声すら出ない。
「実は、俺もゲイなんですよ。..この意味、分かります?」
一瞬にしてこれから何が始まるのか気づいた俺は、縄を外そうと暴れる。
「ははっ、無理だと思いますよ。かなり太いんでその縄。」
「この野郎っ、外せ!」
「..そんなに嫌がるなんて。少し予想外でした。..じゃあ、俺が今から乗り気にしてあげますよ。」
東藤の手が俺の体に触れる。
その途端、気持ち悪さで吐きそうになった。
シャツを脱がされ、ズボンも脱がされる。
「やめろっ..おいっ..」
腕や足は動かせないため、とにかく肩などを左右に動かして抵抗する。
「ははっ、それで抵抗してるつもりですか。まぁ、先生みたいなか弱い人には無理だと思いますけど。」
「っ..」
「..良いですね、その目。凄くそそる。」
嫌だ、嫌だと叫ぶ。
それでも東藤は止めない。
「どっ、して..。何で、俺が..。」
「..俺が先生のことをゲイって分かったのか、知りたいですか?」
俺は素直に頷いた。
「そうですねぇ。まずは女性に全く興味が無いと見えたからです。」
「そんだけで..?」
「まだ話終わってませんよ。
二つ目は..、先生、室川時哉と付き合ってましたよね?」
室川時哉..。
名前を聞いただけで、ドクンと心臓が大きく跳ねるのが分かった。
「何っで..。」
「やっぱり。室川時哉は、俺の叔父です。」
「は..?」
衝撃の告白に驚きを隠せない。
「叔父は..、幼い頃両親を亡くした俺の面倒をずっとみてくれてました。そんな叔父に憧れて、俺も医者になったんです。」
東藤は手を止めて、少し辛そうに、切なそうに、話続けた。
「ある日、俺が研修医としてこの病院に訪れたとき。偶然、見ちゃって。室川と、市川先生がキスしてるとこ。」
「..」
「前に、叔父が言ってたんです。いつか、お前にも大切な人ができるといいなって。だからその時は彼女かな?とかって思ってたんですけど。まさか男だったなんてそりゃあ驚きました。でも、叔父はいつも幸せそうで..、俺は黙ってることにしました。でも..、」
あ..と気づく。
いきなり声が低くなったため、これからどんな展開になるのかすぐに分かった。
「まさか死ぬなんて..、想像もしませんでしたよ。..それから俺は医者になり、この間、やっと先生を見つけることができました。あの時とは全く違い、雰囲気が鋭くなっていて、人に余裕を見せない人になっていた。」
「っ..。」
「先生、俺は知ってるんですよ?..叔父の葬式の時、誰よりも泣いてたこと。いえ、少し違いますね。隠れて、一人でずっと泣いてたこと。」
全くその通りで、何も答えられない。
「..市川先生。先生には、まだ知らないことがあります。」
「え..?」
「叔父は..室川は、最後の時、俺に遺言を残して逝ったんです。」
遺言..?
「市川を頼むって。」
「は..。」
「俺が先生の存在に気づいてたことを勘づいてたんですよね。本当、油断の出来ない人..。だから、最後に俺に先生を託したいって言ってくれたんです。」
「..」
「..何で、泣くんですか。」
気づけば。俺の瞳から涙が溢れていた。
東藤の顔も歪む。
頭に時哉さんの笑顔が浮かぶ。
何で、あの人はこんなにも俺のことを思いやってくれたのだろう。
泣き止むまで、ずっと東藤は背中を擦ってくれていた。
「..どうして、俺にこんなことを..?」
「だって。先生、俺に敵対心丸出しだったでしょ?さっき会ったとき、後で一緒に話をしたいって言おうと思ったんだけど。あんな風に振られたのは流石の俺も初めてでしたよ。」
「あ..すみません..。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」とにこにこ笑って答える東藤。
「やっぱり、こんな強行突破するのは良くなかったですよね。すみません。本当に襲おうなんて思ってませんよ。」
「え..。」
「俺はただ、叔父を虜にした貴方の余裕のないところが見たかっただけなんです。」
「はぁ?」
「こう見えてもSって言われるんですよねぇ。」と良く分からないという感じに、頭を傾げる。
「あ..、それ外しますね。」
「え..あ、あぁ。」
さっきの態度とは大違いに、傷のつかないよう優しく縄をほどいてくれた。
ようやく手足が自由になり、安心する。
「あ。市川先生。」
「?」
「こんなことしてなんですが..、これからも会いに行ってもいいでしょうか。先生とはまたゆっくり話したいですし。」
え..。
「あ、はい..。」
相変わらずぎこちない空気が流れる。
「じゃあこれで。」と東藤はそのまま外科直通の階段の方へ歩き去っていった。
ふぅっと息をつき、自分のデスクに座る。
未だに理解出来ない。
東藤が時哉さんの甥っ子..。
東藤は俺と時哉さんの関係を知っている..。
そして、東藤は時哉さんに俺を託したいって言われた..。
はぁ..。考えすぎるのも良くないな。
色々ありすぎて、頭が痛い。
今日は久し振りにあのバーに寄っていこうか..と、思いながら荷物を整理していた。
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