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第6話 始まり.5

じっ..と東藤からさっき渡された紙を見つめながら、職員用男子更衣室へ向かう。 カフェを出るときに東藤が、自分の連絡先を書いた紙を無理やり俺の手に握らせたものだ。 くっそ..。 破り捨てたいところだが、院内のためそうにもいかない。 あいつへの不思議な執着心は、時哉さんの甥だからか、それとも..。 って何考えてんだよ俺! ブンブンと頭を思い切り振って、おかしな考えを頭から消す。 はぁ..、疲れた..。 ガチャッと男子更衣室のドアを開ける。 そこにいたのは..、 「あっ、郁斗っ..。」 「大輔..。戻ってきたのか。」 大輔は中学時代からの幼馴染みだ。 確か、1ヶ月間九州へ研修と聞いた。 「あぁ。ついさっきね。」 「荷物の整理か..?」 「うん。あ、でももう一つ用があった。」 「?」 すると、あっという間に俺の体へ腕を絡ませ、自分の方へ引き寄せた。 「久し振りに可愛い幼馴染みの顔を見にね。」 「....おい、離せ。あと冗談はやめろ。」 フフッと笑って俺の体を離す大輔。 この光景ももう何度目か分からない。 一日ぶりに会ったって毎回同じ。 流石に慣れたため、もうそこまで驚かない。 それでも、いつもこいつのマイペースさに流されてしまう。 すると、ずっとへらへらしていた大輔の顔が訝しげに歪んだ。 「あれ?郁斗、この紙なに..?」 「え、あぁ。これはさっきあいつに..。」 「..あいつって?」 「時哉さんの....。別に、お前に教えなくったっていいだろ。」 「時哉さんって..。郁斗、ちゃんと教えて。」 時哉さんの名前を聞くたび、大輔の顔が思い切り歪むのは何故か、俺には分からない。 「っ、ただの連絡先だよっ..。」 2つに折ってあった東藤の連絡先が書いてある紙を開き、大輔に見せる。 「..。」 あぁ。やっぱりこんなの持ってるんじゃなかった。 恐る恐る大輔の顔を見ると、思った通り眉間の皺が深くなりさっきよりさらに訝しくなっている。 何か言いたそうとするが、それは俺から制止した。 自分のロッカーを開いて、白衣を脱ぎ、ハンガーに掛ける。 一息ついて、ロッカーから自分のバッグを出し、ロッカーの扉を閉めた。 まだ考え込んで立ち尽くしている大輔の横をすり抜け、更衣室を出ていこうとしたとき。 ぐいっと後ろから手を引かれ、また抱き締められる形となった。 「大輔っ?」 「..俺のことも忘れんなよ。」 そう俺の耳で囁くと、パッと俺の腕を離した。 そして、またいつもの笑顔に戻る。 「郁斗、ちゃんと寝ろよ。」 「..あぁ。」 さっきのは何だったのか良く分からないまま、俺は更衣室を出ていった。 大輔の目が笑っていなかったことに気づかずに。

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