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バーテンダーの日常
人の内面は複雑で簡単にどんな人物かは分かり難いものでございます。しかし、分からないながら感じるものは多々あるもの。長年、人に接することを生業としていると大切な場面に立ち会ってしまう場合がございますが、どなたの心も人間関係も唯一で深いものであることは言うまでもないこと。
今日は私の息子のような年齢の2人の話を貴方だけにいたしましょう。
不定期にやってくる彼らは一見、学生時代からのご友人同士のように見えます。それはおふたりの服装や髪型などの見た目が全く違うことからそう思うのでございます。
おひとりはすっきりと無彩色、飾り気なく今風の言い方をすれば、ノームコアとかきれいめカジュアルというのでしょうか。当たり障りのないカジュアルなスタイルで、時々仕立てのいいシャツを着ていることも。
もうひと方は、髪型や色もよく変わって、着ている物もどうやって着ているのかわからないほつれたような服を着ていたりするのです。
物静かで目立たない青年と人目を引く普通ではない青年。
物静かで黒髪の青年は1人でカウンターに肘を付き両手で耳を塞ぐように抑えて上を向いたり下を向いたりしていました。私はお客様には干渉しませんし、あえて観察するようなこともいたしません。目の端に映る程度の事でございますが、一度お見えになった方を忘れることが無いのと同様、チラリと目に映ったものは記憶しております。
そこに件の人目を引く金髪のような髪の色の青年が声をかけ隣に座ったのでございます。待ち合わせなのかと思いましたが、黒髪の青年がとても驚いて瞬きもせずに後から来た青年を凝視していました。どうやら偶然ここで会ったようです。
後から来た青年は、注文は少し待って欲しいと言い先に来ていた青年の話をカウンターに肘をつき相手の方へ体を向けて聞いていました。小さな声で同じものをと注文され、私は丸く氷を削りムーングロウのロックをシングルで出しました。日本で作られたウイスキーのひとつでございます。この日、青年達にお酒の蘊蓄を聞かせることはありませんでしたが、こちらはフルーティーな香りに後味がスッキリとしたどなたにも飲みやすいお味でありながら世界的なコンテストでも受賞するほどの名品でもあります。後味などの解説もしたいところですが長くなりますのでこの辺で。バーテンダーの余談を失礼いたしました。
黒髪の青年は小さな声なのですが、やや興奮して何かを話しておられました。嬉しそうな恥ずかしそうな、とにかく身体中からお幸せなのだというのがわかり、私の方も幸せな気持ちでカウンターの中で仕事をしていた次第です。
話を聞いている青年も、頷きながら満足げに微笑んでいられたようです。
帰り際、髪の色が明るい後から来た青年が
「会いたかった人に会えました」
と、嬉しそうに言ってくださり、それから時々おふたりで来店されるようになったのでございます。
ある時から、黒髪の青年が一人で来られるようになりました。初めての日におすすめして出したのと同じものを注文され、無くなると帰っていくのです。いつも一緒にいた青年はおいでになりませんでした。
私は特にそれについてお尋ねすることはしなかったのですが、何回も肩を落として僅かな時間を置いていく青年に「お役に立つことはありますか」と声をかけさせていただきました。青年は少し迷われながら「いつも一緒ここに来ていた人、わかりますか?もし来たら会いたいと伝えて欲しいんです」と言って目を伏せ頭を下げて帰られたのです。
お二人の仲を悪くするような出来事があったのでしょうか。
私には何もすることができません。
今日で五日連続、黒髪の青年がおいでになっています。ドアを開けカウンターを見て残念そうにいつもの席に座られました。
きっと、あの方を待っているのでしょう。約束をすることが出来たのでしょうか。
いつものようにカウンター越しにウイスキーと水の入ったグラスを差し出しながら思いました。
同じ願いを持っているのならきっと叶いますでしょう。
心の内を伝えることを怖がらないで、伝え合えることが出来るよう私も願いましょう。
私の知っているあなた達は、同じように相手を想い大切にしています、私の目はきっと間違っていませんよ。
すうっと少し冷え始めた外の風とともにお客様が来店されました。
目を合わせ会釈をすると青年も無言で頷き、カウンターで俯いている青年の隣にいつものように座ったので私は飲み物の準備を始めました。
小さな話し声は穏やかで内容はわかりませんがおふたりが通じ合うことが出来たのは間違いありません。
ここからはおふたりの世界でございます。遠くから見守っていくのがよろしいのではないかと。
私はまた大切な場面に立ち会わせていただいたことに感謝しなければなりません。人生の節目節目に、思い出とともに私も成長させていただくことが出来るのです。
この話は貴方にだけにしかしておりません。おふたりを大切に思ってくださる貴方と私の心の内にしまっておくことを約束していただくようお願いいたします。
最後に……
細い通りの地下にある目立たないお店ではありますが、貴方の大切な思い出となる日に、何でもない日に、私のお勧めするお飲み物を提供させていただきとうございます。ご来店を心よりお待ちしております。
[終]
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