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ヒーローな彼
俺の声を無視して、腕を握ったまま歩き出す男。
どうしよう、どうしよう。
自分が可愛らしい女性ならまだしも、平凡でどこにでもいそうな男に声をかけて何がしたいんだ。
とりあえず、この腕をどうにかして解いて、逃げなければ――。
「ちょっと君、その人嫌がってるんじゃないかな?」
引っ張られるように男の後ろを歩いていた俺に、重低音の透き通る声が男の前から聞こえた。
「……いやぁ…」
「早く放しなさい」
怒ったように言ったその人の声で、咄嗟に俺の腕を放した男は逃げるように去っていった。
とりあえず助かった。
男の力が強くて、振り切れなかった自分の力の弱さを痛感したけど。
「………あ、あの…ありがとうございました」
俺は頭を下げ、目の前にいる助けてくれた人にお礼の言葉を言った。
「気にしなくていいよ。それよりこの通り暗いから危ないよ」
重低音の透き通る綺麗な声。この人の声、ほんといい声だな――。
俺は下げていた頭をゆっくり上げ、助けてくれた人の顔を見た。
「………え…」
綺麗なミルクティー色の髪が暗闇で分かる。少し癖っ毛で襟足の部分が跳ねている。
色素の薄い瞳は綺麗なヘーゼル色。手足の長いまるでモデルのような体型――。
3年間も女々しく恋焦がれていた人が今目の前にいる。
「どうしたの?」
固まっている俺に不思議そうな顔で聞いてきた彼。
「いえ。なんでもないです」
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